第024話 作戦

『状況に応じて臨機応変に対処する事が求められる』


 冒険王ジョージと近衛兵団は東城門をめがけて馬を駆っていた。先を急ぐため教団兵団を率いるエリスとは王城の東門で別れ、ドラゴンの群れがいる現場へ馬を速足で進ませた。近衛兵団には歩兵も含まれているため速足が最速だった。

東城門の方向を馬上でずっと見つめながら炎を上げて燃え盛る風景に心を痛めていた。多くの市民や兵が犠牲となり、家屋や店舗などもかなり失われていると思われた。城壁内に侵入を許してしまったという事が非常に悔やまれた。相手が万物の霊長であるドラゴンなので人間に対抗できる状況ではなかったのかもしれないが、市民の生命と生活を守る施政者としての責任を考えると仕方ないでは済まされないと自分を責めていた。また侵入を許してしまったのであれば、これ以上被害を拡大させない事が最低限の責務とも考えていた。


 戦闘の最前線の最後方に到着した冒険王ジョージはそこを懸命に死守している部隊の兵を呼び止めて状況を確認した。国王に呼び止められたと気付いた兵は急いで最敬礼の姿勢となった。冒険王ジョージは戦時であるために不要だと伝え、兵はそれに従って姿勢を元に戻した。

「分かる範囲で構わぬから戦況を教えてくれぬか」

兵はまだ一兵卒で国王と会話することに緊張している様だったが、それでも自分にわかる事を必死に奏上した。

「私が分かる事はドラゴンが暴れていて東城門付近は壊滅状態である事だけです。部隊長は先陣を切るために前線は赴きました。申し訳ありませんが、あとは良く分かりません」

前線の最後方にいるのだから断片的な話を聞くのがやっとだった。「ありがとう」と言う冒険王ジョージの言葉に兵士は感極まったようにかしこまり、先程の王の言葉を忘れて最敬礼の姿勢となっていた。冒険王ジョージもさすがにもう一度姿勢を解くように言う事はなかった。

 最前線に向けて国王と近衛兵団は東城門は歩みを進めた。国王をはじめとして馬上にいた者は全員が下馬していた。ドラゴンにひるむ可能性が高い馬はこの戦闘に不向きだからだ。

必死に逃げ惑う市民に北城門から脱出するように声がけをしながら進んだ。皆が切羽詰まった表情ではあったが、国王と近衛兵団を目にすると歓声を上げた。冒険王ジョージはその歓声を受け止めつつ、「今すぐ北城門へ向かい、王都外へ避難せよっ!」と命令に近い語気で市民に訴えた。冒険王ジョージの言葉に市民達は素直に従っていた。それは彼が市民に愛され支持されている証だと思われた。さらに前線へ進んでいくと東城門付近の火災がとても大きなものとなっているのが見て取れた。その中心に向かっていくにつれて風上の東城門から火の粉が降ってきて、温度が上昇しているのが分かった。冒険王ジョージをはじめとした近衛兵団は死地に赴く覚悟をさらに高めていった。

 東城門へ向かうの大通りの両脇には商店などが立ち並んでいたが、今はその多くが火災に巻き込まれていた。その先にはドラゴンがいた。先行して対応に当たる兵団が何とかドラゴン達を食い止めていたようだった。近衛兵団から見えたのは3体の下等龍レッサードラゴンで報告にあった上位龍エルダードラゴンは見当たらなかった。

「陛下。ドラゴンは3体のようです」

近衛卿のファナルマークスは先頭を走る冒険王ジョージと並走しながら、前方の様子を伝えた。その様子は冒険王ジョージも分かっていて、彼は前方ではなくやや上方を見ながら進んでいた。それでも上位龍エルダードラゴンを視界に捉えることはなく、段々と下位龍レッサードラゴン達が近くなっていった。

もしかして上位龍エルダードラゴンだけが城壁の向こう側にいるのか?はたまた戦場を離れてしまったのか?人類を遥かに凌駕すると言われる頭脳と戦闘力を持つ最凶の生物が戦場の現場にいないのは良い事ではあるが、王都の戦況と言う俯瞰的な観点から考えると非常に不気味だった。出来れば居場所を確認したかったがそれが出来ず、その状況は不安と恐怖を大きく掻き立てた。

 それでも冒険王ジョージは頭中のモヤモヤとした感覚を振り払い、目の前の状況に集中する事にした。なぜならば居場所も分からない見えない敵に気を取られ、眼前の大きな脅威にやられては元も子もないからだ。下位龍レッサードラゴンとは言え生態系の頂点に君臨するドラゴンが3体も出現して街を蹂躙し、多くの市民の生命を脅かしている状況に、全軍が全力で対処しなければならず、それ以外の事に気を取られている場合ではなかった。冒険王ジョージは率いてきた近衛兵団を北城門側へ繋がる城壁へ重点的に配置するように先導した。市民を北城門から避難させるためにその方面の兵力を厚くしたのだった。それから東側の兵力を南西側へ移動させ、東城門方向へドラゴン達を誘導しようとした。南から西を経由してきたの城壁まで軍によるを展開してでもドラゴン達を市民達から遠ざけたかったからだ。この作戦は軍隊に大きな被害を及ぼす可能性が高かったが、一人でも多くの市民を避難させて守るためには必要で、軍隊はそのためにあるのだから、今が役割を果たす時だった。


 破壊の権化であるドラゴン達はほとんど反撃をしてこないのは大きな謎だった。軍隊からは多くの矢が浴びせかけられていたが、硬い鱗を持つドラゴン達はその攻撃をモノともせず、ほぼダメージは与えられていないと思われた。軍隊とドラゴン達は龍息吹ドラゴンブレスが届かない程度の距離を取って対峙していて、ドラゴン達から接近しない限りは軍隊から一方的に矢を射かける現状が続くと思われた。それでも業を煮やしてドラゴン達が接近する事はなく、戦場は膠着に近い状態となっていた。

 この状況で神官プリースト僧兵ムンク達を率いたエリスが最前線へ到着した。そして兵団をそこに足止めして、冒険王ジョージのもとまで歩いて近づいて質問した。

「戦況は?ドラゴンを足止めできているようだが…」

真横まで近づいたエリスに冒険王ジョージは一瞬だけ目線を移したが、すぐにドラゴンの方へ向き直って横顔のまま返事をした。

「戦況は膠着状態だ。何故か向こうからの反撃がほぼない」

そう聞いてエリスは眼の前の戦況に違和感を覚えていた。ドラゴンが高い知能を持つとはいえ、人間の領域テリトリーである都市に侵略して街を蹂躙したにもかかわらず、その途中でその進行を止めるだろうか?人間の反攻はあまり効果的ではなく、彼らのすさまじい破壊力を持つ攻撃能力からすると簡単に進行できるはずだった。

「足止めできているのは幸いだね。状況は謎だけど…神官プリーストを負傷した兵士たちの治療ヒーリング回復リカバリーに対応させるけど、いい?」

強い違和感を感じつつも、自分達の役目を果たすために最善を尽くそうとするエリスに、冒険王ジョージは「頼む」と会釈して頭を下げた。

エリスは足止めしていた兵団のもとまで戻り、神官プリースト達に指示を出してその任務にあたらせてから、僧兵ムンクを連れて冒険王ジョージのいる場所まで引き返した。

 純白教エスナウの増援に兵士達が歓声を上げて士気を高めたため、その雰囲気はドラゴン達に瞬時に伝播した。1体のドラゴンが大きな声で咆哮し、他の2体も頭を低く下げて臨戦態勢に入った。兵士達もそれに気づき、いつ攻防が開始されてもいいように態勢を整えた。純白王国フェイティー軍は矢を射る事を止めて、ドラゴン達は静止した。突然静寂が訪れ、物音ひとつしなくなった。軍隊の全ての者が固唾を飲んで高い緊張を保っている中で、静寂が突然破られた。

 それはドラゴンが3体いるこの場ではなく、「ライイングたわる女神ゴッデス」と呼ばれる王城からだった。巨大な炸裂音と空気全体が振動する程の衝撃波から非常に大きな破壊力が発揮された事がその場にいる全ての者達に瞬時に伝わった。


 純白王国フェイティーに作戦があり、ドラゴン達にも作戦があったのだった。

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