第023話 覚悟

『最悪の状況を打破するために必要なものがある』


 王都グランシャインは楕円形の城壁に囲まれ、6つの城門を持ち、純白王国フェイティー随一の人口を誇る都市だ。城壁は家屋を3つ縦に並べてたよりも高く、厚みもほぼ同じほどあり、王国のどの都市よりも頑丈な作りだった。城内の中央からやや西寄りにある小高い丘に王城がそびえ、白を基調とした横に長く美しいフォルムから「ライイングたわる女神ゴッデス」と呼ばれており、市民にとって自国の繁栄を象徴する存在であり、誇りとなっていた。王城の周囲には成人男子2人分程の高さの鉄柵が張り巡らされていて、東西南北の4箇所に門を備えていた。

東西の門は各城門と真っ直ぐに繋ぐ大通りが綺麗に整備されていて、王城から東西の方向はよく見通せた。


 深夜にも関わらず異常に明るい東方面の状況に都市の幹部である四卿が狼狽する中で、純白教エスナウ王都グランシャインの教会長である大神官ハイプリーストのエリスは冒険王の前へ進み出た。

「市民の避難を最優先にしましょう。その為には軍を始めとして為政者や教会関係者は身を挺して市民を守る覚悟が必要です。例えそれが天災と変わらない脅威であったとしても、最善を尽くして対抗するしかありません。教会は僧兵ムンク神官プリースト達を展開する準備が出来ています」

王都の教会を代表する者として毅然とした表情と態度でそのを口にして、盟友である冒険王ジョージを真っ直ぐに見つめた。その美しい顔は神々しいという表現がふさわしく、女神と見紛うほどだった。そして

聖戦ジハードを使用する覚悟もあります」

と言った。その発言に四卿は驚きを隠せなかった。国王であるジョージもその発言に目を見開いたほどだった。

聖戦ジハードとは純白教エスナウにおいて禁忌とされる魔法の一つで、教会のごく一部の高位者のみが厳しい修行を耐えた後に使用を許可されているものだ。神への帰依を強く誓った証拠として与えられる魔力付与エンチャントの腕輪を帯びた者だけが狂戦士化する魔法で、文字通りに絶体絶命という時のみ発動されるものだった。エリスの持つ能力からすれば王都グランシャインにいる対象者はもれなく狂戦士となり、凄まじい戦力となるが、魔法の影響で壮絶な戦闘に巻き込まれる為にほとんどが帰らぬ人となることが予想された。王都にはその対象者がかなりの数存在しており、大きな戦力になることは間違いがなかったが、それは正に『諸刃の剣』であり、冒険王ジョージと共に数々の死線をくぐり抜けたとされる経験豊富な大神官ハイプリーストがここまでの覚悟を固めている事が現状の厳しさを物語っていた。

冒険王ジョージはその覚悟を受け止めた上で発言した。

「教会長の覚悟は十分に分かったが、聖戦ジハードの発動は慎重にしてほしい。まずは市民の安全確保と避難の為に全力を尽くす。全ての軍を東へ展開させよ」

軍事卿と近衛卿は「ははっ!」と返事をしてすぐに現場へ向かう姿勢になったが、国王は2人の幹部を呼び止めて何かを耳打ちした。それを聞いてから2人は従者達を連れて現場へ急行した。

内務卿と外務卿は市民の避難方法について国王と速やかに打ち合わせて、この2人も従者達を連れて急いで王前を去った。


 四卿が各々の従者達を連れてバルコニーから場内を経由して戦闘や市民の避難させる《現場》へ向かった為、バルコニーには国王のジョージと大神官ハイプリーストのエリスと3人の従者だけとなった。ジョージは異常に明るい東方面を見つめたまま側にいるエリスに話しかけた。

「何としても市民が避難する時間を稼がねばならん。聖戦ジハード使用の覚悟を示してくれて助かったよ。四卿彼等は覚悟が固まらないままだったからな」

エリスはジョージの後方からほぼ真横まで進み出た。彼女も同じ様に東を見つめたまま言葉を返した。

ドラゴンと聞いたら絶望したくなるのは当然で、まして上位龍エルダードラゴンと聞けば絶句するのも仕方ない。世界を旅して回った我々でさえ経験がないのですから」

「確かにその通りだな」と言って少しの間だけ視線を落としてから、もう一度燃え盛る東方面を見やった。その横顔には悲壮な覚悟が見て取れた。

「よしっ、久々に一緒に怪物モンスターを相手に戦闘するかな。久々にしてはかなり難易度が高いが…」

冒険王ジョージは苦笑いに近い苦しげな顔を作って一瞬おどけて見せた。エリスはその表情で自分の肩の力が抜けたのを察した。彼には昔から他人の緊張をほぐす才能があったが、それは国王となった今でも変わらなかった。

「それで、どうやって戦おうか?」

エリスは昔の感覚に戻った話し方になっていた。彼女も冒険王ジョージも肩書きらしい肩書きを持たず、仲間として世界各地を旅していた頃に。それはジョージも同じ様だった。

ドラゴン1体でも大変なのに4体で1体は空を飛ぶしなぁ。昔に出会った空を飛ぶのはに任せてたからなぁ。倒し方がイマイチ分からないんだよねなぁ」

そう言いながらバルコニーから場内へと歩き出した。さらにエリスと従者が続いて行き、エリスは少し早足で進んでからジョージと並んで歩いた。

「剣士に空を飛ぶ上位龍エルダードラゴンは厳しいでしょ。矢で射たところで固い鱗に弾かれるだけだし、物理的な攻撃は意味ないんじゃないの?」

ジョージは頷いて

「確かにそうだなぁ…剣士としては悲しいけどやっぱり魔法の力に頼るしかないなぁ。俺らはその為に時間を稼ぐしかないな」

エリスは一瞬だけ笑顔になって力が抜けた。魔法を使う者達に対して昔からよく使っていたフレーズを会話に挟んできたので、思わず笑ってしまったのだった。そしてそのの役割をしっかりと果たしながらも失敗したことはなかったのだった。この絶望的な今の状況でも同じ感覚で必ず成功すると考えているのが良く分かった。

「でも最悪の事態を想定する必要はあるな」

そう言うとエリスの後に続いて歩く従者の1人を見て、

「ヴェス、悪いがお願いをしていいか?」

と話しかけた。

エリスは従者を装わせてエリザベスを連れて来ていた。それは彼女の密偵の能力が必要になると考えたからだった。エリザベスは小さく頷いて「ああ」とだけ返事をした。

ジョージは歩きながらエリザベスを顔を向けて続けた。

「ちょっと長い距離を移動してもらいたい」

そう言ってからエリザベスに耳打ちできる距離まで近づいて、彼女にだけ聞こえる様に囁いた。その間も場内の移動は誰も止めなかったが、ジョージの話が終わりそれを聞き終えたエリザベスだけが立ち止まった。それに気付いてから他の者も立ち止まったが、エリザベスと他の者には数歩程の距離が出来た。

エリザベスは目線を伏せて、やや逡巡していた。両手はきつく握られていて、緊張感を漂わせていた。他の者達は彼女を静かに見つめていた。彼女が動き出すのを静観して優しく待っている様だった。そしてエリザベスは口を開いた。

「私の役目は本当にこれでいいのか?お前達は皆これから死地に向かおうとしているのに…」

彼女は目線をしっかりと上げたが、そこから先の台詞を飲み込んだ。彼女の言いたい事を理解した冒険王ジョージは1歩だけ彼女の方は進んで、彼女の顔をしっかりと見つめながら小さく頷いた。

「まぁ、心配するな。死ぬ気など更々ない。ヴェス、人にはその時々でそれぞれに役割があって、それをきちんと果たすために生きているのだ。だからヴェスにも役割がある。それを果たしてくれたら嬉しいよ」

そこには優しげな笑顔があった。ここでも緊張感をほぐす冒険王ジョージの才能が発揮され、エリザベスは彼の持つ能力に癒された。

「ヴェスの任務も危険を伴う。お互いに覚悟を持って役割を果たそう!」

優しげな笑顔から真剣な表情になってそういったジョージに対して、エリザベスは無言で大きくうなずいた。


 従者を含めた5人は1階まで足早に下りた後、エリザベスと他の4人は別れた。それぞれの覚悟を持ってそれぞれの役割を果たすために。

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