第022話 凶報
『敵の巨大さに絶望は深まる』
東外壁門が破られたという報が
「状況は?」
高い緊張感の中でも焦らずに冷静に報告を聞こうとする姿勢は彼の豊かな経験から来るもので、軍の最高司令として毅然とした態度だった。それに対して伝令役は儀礼の通りに片膝をついて平伏していたが、明らかに狼狽している様子だった。そして小刻みに震えていた。鍛えられている近衛兵としては不自然なほどに。
「おっ、恐れながら申し上げます。ひ、東城門が、
近衛兵は力の限り声を張り上げて報告していたであろう。しかしその声は恐怖で萎縮し、王には正確に届いていなかった。
「すまんが、うまく聞き取れなかった。何の群れと申したか?顔を上げて申してみよ」
王族と対する時は視線を伏せる事が儀礼とされているが、王はそれを解いて正確な情報を欲した。近衛兵はその一言に従い顔を上げたが、その顔はほとんど血色がなく、その表情は明らかに恐怖に支配されていた。
「あっ、改めて申し上げます。ドッ…、
精一杯の大声で報告した近衛兵は全身の力が抜けたように前方に倒れかけたが、国王の前であるからだろうか、何とか土下座をするような体勢で止まって持ちこたえた。
『
にわかには信じ難い報告だったが、思い直して戦況を把握する事を優先させた。
「戦況は?」
伝令役は恐怖で身体の自由をほぼ失いかけていたが、それでも全身から力を振り絞って任務を果たした。
「
これまで
バルコニーを出る手前でガラス製の扉越しでもすぐに分かる程に東方向が明るかった。
火災は非常に巨大な火炎の元で発生していて、これまでに見たことがない規模だった。
その光景に駆り立てられるようにしてバルコニーを出ると、火山が噴火した際の火口から立ち登る噴煙に似た黒煙が眼に飛び込んできた。その煙の下には赤々と光る火災が広がっていて、かなりの建物が燃えていると思われた。軍隊や市民が総出で消火にあたっても鎮火させるのは不可能だと思えるほど広範囲でその火勢も非常に強そうだった。
しかし今はまず城内の市民を避難させることが最優先事項だった。脱出口として想定していた東城門は想定外の襲撃を受けて火の海と化しており、全く使えない状況だった。西城門は防御用として封鎖しており、この緊急事態に大勢の市民達をスムーズに脱出させるのは困難だった。南城門は大陸と半島を分かつ巨大な絶壁にほど近い為に大人数が滞留しながら移動するだけの充分な空間を確保できず、今の状況には適さなかった。北方面は東西の城門間に2つの城門があり、東寄りにある凱旋門と呼ばれる正城門と西寄りにある裏正門と呼ばれる北城門となっていた。正城門は王侯貴族や軍隊が公式行事などで主に使用する門で平時は市民にも解放されていたが、市民は「気を使って」あまり使用しないのが共通認識となっていた。そのため北方面の城外への出入りは北城門からがほとんどで、交通量としては圧倒的な「正門」であり、「裏正門」と呼ばれる所以となっていた。
『北の2つの城門から市民を避難させるしかない』
そう決断した
その光景を見て
「この様な緊急の国難に儀礼は不要。全員平勢に戻りなさい」
王都を襲撃されている最中にあっても彼の口調は穏やかで、居合わせた者達の心を落ち着かせる効果をもたらした。全ての者が国王の台詞に従って儀礼を解き、四卿と
「まずは状況から報告します。東城門を
前線の兵士達の状況を考えたのか、軍事卿は言葉に詰まった様だった。それでも高ぶる気持ちをグッと抑えて続けた。
「
「
近衛卿のファナルマークスが腑に落ちない顔色を全面に出し思わず声を上げた。それは他の幹部達も同じ考えでほぼ似た様な表情を浮かべていた。軍事卿のルードスは懐疑的な空気が充満する最高会議の面々を無視するかの様に続けて発言した。
「4体の
何とか平静を保ちつつ会議を続けようとしていた各部門の長達は彼のその一言で奈落に突き落とされた。
「エッ、
内務卿のアリスディードと外務卿のバッシュラグは思いがけず同じ台詞を吐き出し、その顔は血色を失っていった。
「それは間違いないのか?」
アリスディードは振り絞る様にして言葉を口にしたが、その声は少し離れて待機する従者達には聞こえない程に小さかった。
軍事卿のルードスは唾を飲み込んだのだろうか?ひとつ間を開けて、頷きながら
「間違いない」
と答えた。出来るだけ平静を保とうとしながら答えたが、その身体は多くの兵を失った無念なのか、
近衛卿のファナルマークスも内務卿達と同様に血色を失っていたが、それでも発言した。
「それが本当だとして、どうすればこの難局を切り抜けられるのか?我々が考えて指示を出さなければ、王都は壊滅するかもしれない」
それは施政者として至極真っ当な思考であった。しかし四卿はそこから先の思考が続かない様だった。それは無理もない。
そんな重く暗い状況で進言したのは
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