第019話 破壊

『現実は想定を軽々と凌駕する』


大河ライヴァーが分かつ大陸の東側を統治する純白王国フェイティーとその反対側を支配する暗黒帝国ブレイクは信奉する神々とその宗教の違いからお互い相容れなかった。互いに侵略し、侵略されれば押し返しという事を長年繰り返していて、国境線である大河ライヴァー付近は『血生臭い地域』を意味するブルオードと呼ばれていた。

今回の闘争の発端となったブルオードから王都グランシャインまでは馬で駆けて15日程度の行程が必要で、徒歩となるとその倍以上を要する。軍隊が移動するとなると更に時間がかかってしまう。恐らく馬足の3倍はかかるだろう。つまり暗黒帝国ブレイク軍が王都グランシャインに到達する日まであと10日程だと推測された。迎撃の準備をするのに支障ない程度の日程が確保できそうだった。

ヴェスが命を賭して情報をもたらしてくれたおかげだった。彼女によるとレヴァスター・ガイクスのおかげらしかった。

彼と一緒に大陸を隅々まで冒険していた頃に世界には現代の魔法レベルを凌駕する超魔法が存在すると聞かされていたが、剣士のエドワードにとってそれはあまり関心のない話だった。剣士にとって魔法とは実体の見えない不可思議なものであり、その分野に才能がないため実感を伴うことがほぼなかったからだ。

しかし今回は恐らくその魔法技術を活用して仕掛けを準備していたレヴァスターのおかげで、盟友の1人を失う事なく貴重な情報を得る事が出来たのだから、彼の魔法への知識と才能に感謝せざるを得なかった。


王都グランシャインに戒厳令が発令されて、市民には戦闘の状況によっていつでも緊急避難が出来る準備が指示された。都市全体に重苦しい緊張感が漂い始め、軍隊が街中を警戒しながら闊歩し始めていた。普段なら大勢で賑わう市場や繁華街はひっそりとして鳴りを潜め、ゴーストタウンの様相を呈し始めていた。

家屋3軒分の高さを誇る外壁は王都グランシャインを一周して堅固に防御しており、6箇所ある外壁門は全てが金属製で門全体が上下するいわゆる断頭台ギロチン式のため、1度閉門してしまうと防御力は非常に高かった。ブルオード方面にあたる西側の門は防御のために早々に封鎖され、内側から可動式の巨大な「つっかえ」をして防御力を特に高めてあった。更に各門の上部には大きな投石機が設置されていて、城門に集中しやすい敵に効果的に岩石を飛ばすことができた。

外壁の上部は人が横に並んで5人歩ける程の幅があって外壁上を一周でき、そこを警備兵がひっきりなしに周回して暗黒帝国ブレイクの襲撃に対して警戒していた。これだけの警戒態勢では小動物であっても侵入できないと思われた。


太陽が沈み込む手前で空を赤々と染め上げていた。平時であれば美しく感じるであろう夕焼けだが、緊急時の今は不吉な色に感じられた。

西側以外の全ての外壁門が金属が軋む独特の轟音を立てながら閉じられようとしていた。外壁の外へ出ていた市民が急いで外壁門をくぐって中へ入ってきた。門の警備兵は壁内に入り損ねた人がいないのを確認して門扉を閉じた。全ての外壁門が閉じられるのはかなり久し振りの事で、ジョージ王の御代では初めての事だった。事態はかつてない程に緊迫していることを物語っていた。

外壁上の屋上通路には篝火を焚く準備がされており、日没に合わせて火がつけられた。その炎が放つ光は揺らめきながら周囲を照らし、外壁の輪郭を綺麗に映し出していた。それは緊急事態宣言が発令されているこの状況には似つかわしくない光景に思われた。もしも上空から王都グランシャインを眺める事が出来たら、それは暗がりの中で光り輝く指輪のように見えただろう。


篝火がパチパチと音を立てながら爆ぜた。ほとんど無音の静かな夜の闇の中ではそれは大きな音だった。敵国に侵攻されているこの状況で貴重な静寂の夜だった。外壁上で警備に当たる兵達の中で暗黒帝国ブレイク方面の西側を担当する者達は緊張感が高かった。斥候からの報告では侵攻している暗黒帝国ブレイク軍をまだ確認できていないようで、商業都市コームサルに駐留しているようだった。侵略する軍隊は陥落させた都市を安定させてから進軍する必要があり、治安維持などの後対応をしていると思われた。それでも敵国の重要都市を陥落させ、軍隊の士気は高く維持されていると思われ、その勢いがあれば一度進軍し始めると行軍は速いと思われた。そう考えると最大限の警戒は継続する必要があった。通常の10倍近い兵で警備している理由はそこにあった。


静かに過ぎていた時間が切り裂かれたのは深夜に近い時間だった。ブルオードとは反対の東側の外壁門付近にバサバサと何かが羽ばたく音が響いていた。門の上部通路で警備する兵達の眼にかろうじて映ったのは暗がりの中で羽ばたきながら浮かぶ巨大な生物だった。

それはこの世界の支配者、ドラゴン

本来であれば発見した兵士達は大声で叫ぶなどして敵襲を知らせなければならなかったが、ドラゴンの絶大な存在感に圧倒されて声を出すどころか、指一本動かすことができずにいた。俗に言う「蛇に睨まれた蛙」状態であり、全身にびっしょりと汗をかきながら、文字通り固まって動かずにいた。正確にはガタガタと震え流れる涙を止められずにいたが、それを自分たちの意思で止めることはできなかった。

ドラゴンは羽ばたきながらゆっくりとその巨躯を丸めていき、頭と尾がくっつきそうな形になった。真横から見たらほぼ円形だった。それは身体の内側のパワーを凝縮する体勢で龍息吹ドラゴンブレスを吐出する準備を意味した。時間にして数秒間その体勢が終わるとドラゴンは頭を外壁門に向け、長い尾を地面と水平になるように伸ばした。そして顎門を大きく開くとその奥から太陽のような光が漏れ出し、巨大な火球が外壁門に向かって飛び出した。静寂をかき消すように火球が吐出された。轟音が広範囲に響いた後、外壁門が吹き飛び瓦解する炸裂音にすぐに変わった。それは人間が操作できる最大の投石機の10倍ほどの威力を発揮して、外壁門は跡形もなく吹き飛ばしてしまった。外壁門の破片は広範囲に飛散して、爆弾のような威力で街中に飛び散った。破片は市民にも多大な犠牲を出し、方々で火事が発生させた。平和な市街地が一瞬にして戦場と化した。最凶の生物であるドラゴンにとって人間が建設した城門や城壁など何の意味もなさなかった。

それから更に目を覆いたくなる前代未聞の事態が発生した。上位龍エルダードラゴンが破壊して「開放」された城門から下位龍レッサードラゴンが3体入ってきたのだった。ドラゴンは非常に知能が高いが縄張り意識も非常に強い為に群れることなどあり得なかった。ましてそのドラゴン達が連携して襲撃してくるなど考えられなかった。下位龍レッサードラゴンは空を飛ぶ翼を持たないがそのかわりに巨躯で、その身体から繰り出される打撃は上位龍エルダードラゴンのそれよりも強く、龍息吹ドラゴンブレスの威力も強力な場合が多かった。

有史以来発生した事がないと思われる合計4体のによる蹂躙によって純白王国フェイティー王都グランシャインは甚大な被害を受ける事になった。


もはや人間に対抗する術はなく、天災が過ぎ去る事を祈りながら絶望するしかないと思われた。

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