第018話 戦慄
『忍び寄る恐怖と抵抗する危機感』
国王と密偵は左の手で握手をした。それは
まず国王が口を開いた。
「ありがとう。生きて帰ってきてくれてありがとう。そしてとても辛い思いをさせたようで済まなかった」
「ここに辿り着いたのは運に恵まれただけで私は何もしていない。でもお陰で重大な事態を伝えられる。それには悔しいけどアイツに感謝しなきゃな」
「アイツ⁉︎」
「ああ、それは追々話す。それよりもジョージ、
深刻な表情でヴェスは続けた。
「恐らくだけど
国王・ジョージは思わず顔をしかめてから、ほんの数秒だけ眼を閉じた。それは犠牲になったであろう市民達の冥福を祈っているかのように見えた。その後力強く眼を開けて強烈な眼力を貴重な情報をもたらしてくれた密偵・ヴェスに向け、呟くように
「申し訳ないが、それは…本当なのか?」
微かな希望と非常に大きな願望を込めて聞いた。いや、こう聞かずにはいられなかった。万が一それが誤報であればそれに越した事はなく、また
ジョージの台詞と表情から苦しい胸の内はひしひしと伝わってきたが、自分の持つ情報を正確に話す事が密偵の役割であり、この国の進むべき道への足掛かりになると考えるヴェスは情報を包み隠さずに伝える事を信条としていた。そして口を開く前に数回首を横に振ってから「申し訳ないが、それは本当だ」と言った。
その一言に国王は痛みに耐えるようにして眼を強くつぶった。ヴェスと握り合ったままの左手に無意識に力が入った。その力強さにヴェスの左手がもぞもぞと動いたのに気づいてすぐに力を弱め、じわりと握手を解いた。
左手を腿のあたりに戻したヴェスはさらに報告を続けた。
「正確に
黙ったまま聞いているジョージの眼を見たまま続けた。
「
ヴェスを含む
「何が起きたんだ?」
ジョージ王はやや緊張の色が帯びた声でそう聞いた。彼の想像を超えている事態はこの世の中でそうないはずだが、少なからず未知への恐怖があったのかもしれない。
その雰囲気はヴェスにも伝わっていた。きっとそれが重大で過酷な事態だと想像して知るだろう。
だが、おそらくこの事態は想像できないはずだ。
「
ヴェスは唇を噛み、悔しさが爆発しそうな顔でそう伝えた。あまりに力んでいるので唇から出血するのではないかと思うほどだった。涙が出るのを必死に堪えているようだった。
「えっ…、そっ、それは本当か?」
ジョージは思わず自分の耳を疑った。聞き間違いだと思った。冒険王と呼ばれた彼でも想像できない回答だったからだ。
しかもヴェスが出会ったのは
あまりの凶報に固まり気味の冒険王に対して密偵は冷静沈着な様子で報告を続けた。
「残念ながら、本当だ」
真剣な眼差しで報告する彼女の表情からジョージは真実だと確信し、そして絶望感に襲われた。数多くの市民と兵が失われたと思われたからだった。彼らを守ってやれなかった無念が心に充満していた。しかし、この国家の王として考えなければならない事は他にもあった。それが彼を正気に戻した。
「そうか…、それは残念だ。それでは任務として質問させてくれ。敵の事はどこまで把握できているんだ?」
国家の為政者の長として敵国の侵攻に対抗するためのスイッチが入った顔になり、非常に思慮深い面持ちでヴェスを見た。絶体絶命の危機から命からがら生還した彼女が正確な状況を把握できているとは思えなかったが、少しでも情報を提供して貰い、対策を考えたかった。
ヴェスは回答に窮した。自分の持っている情報に正確な要素はほとんどないと思われたからだ。
「…。もっ、申し訳ないが、正確な情報はほぼない」
任務の性質上、正確ではない報告をする事は憚られた。ヴェスは自分に課せられた責務を果たせていない気持ちに押しつぶされそうで、心の中で無力な自分を責め立てていた。
彼女の性格を知っている国王はその表情から気持ちを読み取ったかのように、
「分かっているだけでいい。
慈悲深い白き神々の様な眼差しで優しくヴェスを導くジョージ。彼の性格を良く知るヴェスは自分の見たまま、体験したままを話した。
ヴェスの報告を書き終わったジョージは身体が震えそうになっている事に気づき、全身に力を入れてそれを抑え込んだ。これまで恐怖で身体の自由を奪われそうになる事などなかった。
大神官のエリスは身体の震えを堪えていたが、それでも完全に押さえ込む事は出来ず、小刻みに震えていた。実はジョージとエリスがまだ若かりし頃に一緒に冒険していた時に
大神官は微々ではあるが震えている自分を奮い立たせて国王を諭した。
「ジョージ!有史以来の
大声で力強く上奏してくれた盟友の声に国王はゆっくりと、しかし力強く頷いた。
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