第017話 謁見

『喜ばしくない再会もある』


 ヴェスとエリスの後方でたった今通行した裏門と呼ばれる通用門が音を立てながら閉められた。2人はその音を聞いても振り返る事はなかった。2人の歩く速度は次第に速くなっていき、小走りになっていった。王城内は戦時以外は走らない事が習いとなっており、2人ははやる気持ちを抑えながら「走っていない」ギリギリの範囲で最大限急いだ。


 純白王国フェイティーの王城は横に長い高台にあり、白を基調とした美しい建物で、ライイングたわる女神ゴッデスという愛称で市民に親しまれていた。建屋がさほど高くなく高台に合わせて横に長い事と中心がやや奥まった緩やかな曲線を描いている事がその愛称の由来とされている。

 建物は3階建てになっていた。その中心の2〜3階に円形の大きなホールがあった。そこは謁見の間と呼ばれる吹き抜けの大広間で、南側は総ガラス張りで太陽光をふんだんに取り込む事ができた。

 謁見の間には窓ガラスの先にバルコニーがあり、十数人が歓談できる程度の広さを持っていた。その欄干からは王都グランシャインの城下が一望でき、城下町も城壁も壁外の街道まで見渡せる絶好の場所だった。そこからの景色は平穏な空気に包まれているように見え、人々が平和に生活する声や音が響き渡っていた。近くに迫っている脅威などないかのように…


 バルコニーで眼下に広がる城下町を見つめているのは「冒険王」の愛称で市民に親しまれる純白王国フェイティーの国王・ジョージだ。夕暮れに差し掛かった王都グランシャインの街並みは次第に赤く染められつつあった。聖白教エスナウの都市は白を基調とした建物が多く、夕焼けの赤色に染まりやすい街並みで、ジョージ王が好んでいる風景の一つだった。

 普段なら穏やかな気持ちさせてくれるこの眺望を見ていた彼の心は穏やかではなかった。その理由は王国各地に放っている密偵のうち、商業都市コームサルの担当からの定期連絡がここ15日間途絶えていたからだった。漆黒帝国ブレイクに最も近接する都市であるため有事に備えて選りすぐりの密偵が任務を担当しており、これまで定期連絡が遅れた事はなかった。

 不測の事態が発生していると想定された。それもかなり危機的な事態と予想ができた。国家を裏から支える重要な使命を帯びた密偵は自らに課せられた命令の重大さを強く認識しているので、それを投げ出すことはなかった。精鋭の彼らは危機回避能力も高く、サバイバル能力に長けていた。

 そんな密偵達が王都グランシャインに辿り着く事が出来ない程の事態はほとんど考えられなかった。というよりも想像できる事は限られた。そしてそのどれもが最悪なものばかりで、どれも想像したくはないものばかりだった。


 後方のバルコニー入口に誰かが近づいてくる気配が分かった。足音から予想できるのは執務官の1人で、ジョージが振り返って入口を見たのと同じタイミングでその者が姿を見せた。

 執務官は国王に対して敬礼の姿勢で膝をついてその場に腰を落とし、会釈のためにを垂れた。

「恐れながら国王陛下に申し上げます」

 まず儀礼として必要とされる始めの口上をしっかりと述べた。ここで許可の返事があるまで本題を奏上する事は許されていないので、その下知を微動だにせずに待った。

「申してみよ」

 静かな口調で発出されたその台詞は大声ではなかったが不思議な程よく通る声だった。彼の声は多くの人の琴線に触れる艶やかなもので、なぜか人を幸せな気分にさせた。

密偵とり商業都市コームサルから戻り、謁見を求めております」

 執務官の報告に国王は一瞬だけ大きな眼を見開いた。それは膝をつきながらかしこまって報告した執務官が見る事ができない位のほんの一瞬だけで、その変化は周囲に悟られるようなものではなかったが、彼の心の動揺はかなり大きかった。

 密偵からの連絡が途絶えていた状況からすると良い報告はない事は容易に想像できた。だが困難な状況が発生している最中に過酷な任務を果たしてくれた者への感謝が自然と湧き上がっていた。

「是非会わせてくれ」

 国王の返事を受けて「ははっ」と返事をして、執務官は謁見の間の扉前で待たせている密偵とりを呼びに戻った。

 その動きに合わせてバルコニーから謁見の間の玉座に戻って腰を掛けたジョージは国王のになった。


 ジョージのが整った頃を見計らったかのように謁見の間の扉が小さな音を立てて開いた。そこには冒険者風情の2名が会釈をしながら立っていた。

 かなり距離があるために遠くに小さく佇んでいるが、国王のジョージは2名が誰であるかすぐに分かった。それは両名ともジョージにとって盟友と呼べるの内の2名だったからだ。謁見の間でなかったら喜びの声を上げて出迎えただろう。

 ただ、この両名が揃って登城した事には大きな違和感があったが…

 儀礼的な会釈の体勢から姿勢を戻したヴェスとエリスはすぐに玉座に向かって歩き出した。特にヴェスの歩みは非常に速く、エリスが追いつけない程で、エリスの感覚では走っている速度だった。その速度でも彼女の足音がしないのは盗賊の特性だった。あまりの速度に玉座の脇を警護する近衛兵が防御の態勢に入り兼ねない程だった。

 エリスより一足早く国王の前に着いたヴェスは階段5段程上に鎮座するを見上げながら、後ろから早足で必死に歩いてくるの到着を静かに待った。それから息を切らしながら到着した大神官と共に儀礼に習って左膝と左の掌を床について視線を床に落とし、国王に対する口上を述べ始めた。

「国王陛下に置かれましてはご機嫌麗しく、この度は謁見の機会を賜りまして、誠にありがとうございます」

 国王としての立場があるジョージの事を考え

 、盟友と言えども礼節を大切にして大人の対応をした。隣で膝をついている盟友は静かにヴェスの口上を聞き彫像のように動かなかった。2人は国王の返事を待った。

「任務大儀であった」

 儀礼に則った返し口上だったが、ジョージ王はヴェスが困難な状況から任務を果たしたと感じており、最大限の気持ちを込めてそう言った。

 それはヴェスにしっかりと伝わっていた。彼女の中で熱いものがこみ上げてくる感覚があったが、盗賊の習性か、元来の性格か判断が難しいが、それが表面に現れることは全くなかった。

「恐れながら、国王陛下に申し上げたき儀がございます」

 ヴェスは冷静に落ち着いた声でそう発した。謁見の間には衛兵や執務官などが多数同席していたが、この場で商業都市コームサルの壊滅を伝えるべきではないと考え、別室で直々にジョージに話したかった。すがるような眼で盟友を見上げて、その回答を待った。

 冒険王はヴェスの服装の汚れや破れを見て、かなり過酷な状況から逃げ延びてきた事を察していた。これは只事ではない。だからこそ彼女はとても重要な情報を持ち帰っているはずだった。それが危機的なものだと容易に想像でき、とても慎重に対応をするべきだと考えた。そして

「うむ、分かった。些細は居室で聞こう」

 と言って、2人を謁見の間に隣接する控え室にいざなった。

 ヴェスは想いが通じた喜びで思わず顔筋が緩んだ。それから隣のエリスと眼を合わせて小さく頷き、控えの間へ向かうために立ち上がった。

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