第016話 急報

『大きな潮流は小事から始まる』


 大神官ハイプリーストの正装から外出用の簡易的な装いに着替えたエリスは、冒険者の格好に近い雰囲気になっていた。それはヴェスの任務に支障がないように気遣ったものであり、教会から王城までの道中で目立たないようにする事が目的だったが、元来動き回る事を好む性格の彼女にとって気分が落ち着く服装でもあった。

 彼女達は教会から王城までの道中を急いだ。王城までの道のりでふたりは話をしなかった。ヴェスの任務を考えると少しでも早く王城に着く必要があったために集中して歩くとともに、どこで誰に話を聞かれるか分からない環境だったからだ。王都はそれほどに人が密集していて栄えていたのだった。

 エリス達は王城に近づくと正門を避け裏門に向かって歩き出した。ヴェスは特殊任務を帯びているため特別な通行証を持っており、エリスの持つ通行証で正門を通るより早いからだ。また、エリスが正門を通ると周囲から何かしらの反応があるため、行動が遅くなる可能性があった。二人は一刻も早く国王ジョージに伝えるためにより早いルートを選択していた。


 裏門と呼ばれる通用口にはポールウェポン(長矛)を持ち門を守護する衛兵二人がいた。門は固く閉じられていた。緊急時以外は開かない決りとなっていたからだ。それは王都内の王城に一番近い門であり、王族の極秘の外出などに使用される特殊な門だからだ。そのため純白王国フェイティーの市民がこの門を使う事はなく、ほとんど使用されることのない「開かずの門」となっていた。

 そんな特殊な門前に現れた冒険者風の二人組に気付いた衛兵達は一気に警戒感を高めた。護衛隊以外で裏門に近づく者はほぼ皆無であったため、人が近付いてくる光景は衛兵達には異様に思えた。


 天に向けていた長矛ポールウエポンの矛先を冒険者達の方向にほぼ水平に変え、力強く握りしめて警戒態勢を取った。腰を少し落として重心が前後左右に偏らず、いつでも動ける姿勢で、近づいて来る冒険者達を兜の覗き窓から睨みつけていた。

 冒険者達の顔はフードに隠れて見えないが、顎の周辺は認識できる距離まで近づいて来た。そこで衛兵のリーダーが冒険者達に向けて警告の声を上げる。

「そこの2名に警告を発する!それ以上は門に近づく事を禁ずる!ここは特別な門であり、一般市民は通行禁止だ!」

腹の底から発せられた力を込めた野太い声が辺りに広がった。しかし冒険者達が歩みを止める事はなく、またその気配もなかった。衛兵のリーダーはその様子を確認すると更に力を込めた声で強い警告を発した。

「その場で止まれっ!!止まらねば攻撃する!!命の保証はしない!!」

リーダーの声を発端にして衛兵達はすぐに攻撃ができる態勢に入った。先程の体勢よりも腰が低くなり、重心はやや前がかりとなった。対象がポールウェポンの射程範囲に入るとすぐに矛先を突き出せる状態となり、冒険者風の二人組は完全にロックオンされた。武器の切っ先からは強烈な殺気が放たれていて、鋭い眼光を獲物に向けている獣が2頭いるかのようだった。

鋭い殺気は冒険者達に確実に伝わっているはずだったが、二人組の歩く速度は少しも緩む事はなかった。それどころかその歩みは次第の速度を上げていき、小走りに近い速度になっていった。


お互いの距離が近づいていき、ポールウエポンの射程距離まであと少しとなった時に、冒険者の2人が深々と被っていたフードを手早く取って顔を露わにし、その場で急停止してしまった。


緊張を漲らせて2人を待ち構えていた衛兵達は肩透かしを喰らって、だが、少しだけホッとした気持ちもあった。なぜなら衛兵達は実戦経験がほとんどなかったからだ。

しかし束の間の安堵も、冒険者と思っていた者達の1人の顔を見て吹き飛んでしまった。その冒険者が大神官ハイプリーストのエリスだったからだ。

「えっ…。エリッ、エリス大神官ハイプリースト様っ!?」

衛兵のリーダーは冒険者の1人が聖白教エスナウの要人である事に気付き慌てふためいた。自分との「格」の違いの大きさにたじろぎ、国家の重鎮の1人に対して武器を向けてしまった事を恥じた。

「大変な無礼をしてしまい、申し訳ありませんでしたっっ!」

衛兵達は取り乱しながら長矛ポールウエポンを収めて矛先を天へ向け、エリスに向けて最敬礼の姿勢をとった。

彼女は任務を必死に果たそうとしていた若者達を責める事はなかった。

「貴方達は貴方達の責務を全うしているだけです。何一つ無礼ではありませんよ」

そう言って彼らの労をねぎらいさえした。


「私達は急ぎ国王陛下に謁見しなければなりらない火急の用件があります。彼女がここの通行証を持っているので通して頂けないかしら?」

エリスの台詞に導かれてもう1人の冒険者が無言でおもむろに一歩前へ歩み出た。


衛兵達は門の前でエリスヘ向けていた最敬礼の姿勢を維持しながらもその者の顔を凝視した。だが見覚えのある人物ではなかった。その者の表情は非常に、重苦しい事情を抱えているように見えた。

「この門は特別な通行証がなければ通れませんので、その証しをご提示頂きたい。それはどんなに高貴な方でも例外はありませんので」

衛兵のリーダーはそう述べて、本来の責任を果たすべく、いつもの毅然とした姿勢を取り戻していた。


衛兵に通行証の提示を促されたヴェスは外套のポケットに大切に入れていた羊皮製の紙を取り出して両手で紙の両端を掴み、両方の腕を地面と水平に真っ直ぐと伸ばし、大きく広げながら衛兵達に見せた。


衛兵達からその通行証はよく見えていた。遠目に見た感じでは本物のようだった。書類の名称があり、日付や証明する内容、王国の正式な発行を示すサインもありそうだった。

「では、王命に則り、検閲させて頂く」

衛兵はそう言ってから、ヴェスが所持する証明書に手を伸ばした。


ヴェスはリーダーとおぼしき衛兵に書類を素直に手渡したが、彼女はこの儀礼的に思えるやりとりに苛立っていた。破壊と恐怖の権化がこの王都に迫っている事を考えると一刻も早く国王の元へ辿り着き、つぶさに状況を伝えたかった。しかし衛兵達は自分の任務を真面目に果たしていて、彼らにも役割がある事も理解できるので、冷静を装って検閲の結果が出るのをひたすらに待った。


書類はほぼ問題がないように思われたので、最終確認に回す事になった。衛兵の1人が書類を持って通用門まで歩き、門に開けられた小さな窓から門内にある別の衛兵に書類を渡した。

門の内側で書類を受け取った衛兵は通用門警備の責任者である衛兵長へそれを渡した。衛兵長は受け取った書類を隅々まで見渡して、記載の内容に不備がない事、書類が偽造された物ではない事を吟味した。彼のこれまでの経験から不自然な点はなく、問題のない「本物」の書類と思われた。最終的な確認のために書類の端に押された割印を割印を刻んだ木製の符号板と照合した。そして割印はピタリと一致した。

「検閲合格だ。通行記録をしっかりと残せ」

衛兵長の指示に従って記録を担当する衛兵が日時と通行人の名前を帳簿に記載した。


通用門の小窓が開き中と外の衛兵が会話を交わしていた。ヴェスはその様子を見て動きが遅いと感じていた。彼女にとってこの時間はとても無駄に思えた。かと言ってここで騒ぎを起こせば元も子もないので、ただひたすらにぐっと耐えるしかなかった。

門外の衛兵が門内の衛兵との会話が終わり、仰々しく回れ右をした。そしてよく通る声で

「両名の通行を許可する!」

と高らかに宣言した。


ヴェスは身体の力が一瞬抜けるほどの安堵感を覚えて崩れそうになったが、何事もなかったように姿勢を取り戻して、エリスの方を見やった。やや後方に位置するエリスも同じようにヴェスを見ていて、示し合わせたようにお互いが小さく頷いた。声には出さなかったが「よしっ、早くジョージの元へ行こう!」と言葉を交わしたのに等しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る