第014話 行先

『縁故が導く想いが光の道を指し示す』


 青白い光で視界を遮られたままどれ位の時間が経過しただろうか。時間の感覚を失ってしまった。それどころか空間の感覚もなくなり、上下も左右も分からなくなって、宙に浮いているような認識になっていった。

 レヴィスターに何をされているのだろうか?何を考えているか読めないあの魔法剣士シルヴァーが設定していたと思われる魔法陣に一抹の不安を覚えたが、昔のを信用するしかないと腹を括った。

 包み込まれている青白い光が作り出す心地良さは時間の経過とともに増していき、母の胎内の羊水に浮かんでいる胎児が感じると言われている無重力に近いような気がした。その心地よさと反比例して視界は段々と狭くなっていき、青白い光が手足を飲み込んでいった。飲み込まれる範囲は段々と大きくなり、下半身から上半身へと広がり、最後は何も見えなくなった。


 純白王国フェイティー国王・ジョージとエリザベスは20年近く前にレヴィスターと共にパーティーを組み、大陸を冒険して回った時からの腐れ縁のような付き合いだ。彼らとの付き合いでは「ヴェス」と名乗っていた。彼女は盗賊シーフである為本名が無いに等しかった。数多くの名前を名乗ってきたので、どれが本当の名前であったか忘れてしまったように思えた。これまでの人生は職業の性質的な関係もあって哀しい記憶が多いのだが、レヴィスターやジョージと一緒にいた頃は哀しい事ばかりではなかったので、ヴェスという名前は彼女にとって特別なものだった。


 聖白教エスナウ王都グランシャインの教会は王国内でも最大級の荘厳さを持つ建物で、王城と匹敵する都市の象徴としてそびえていた。白き神々の教会らしく純白を基調とした造りで、白大理石をふんだんに使用した豪華な建物だった。

 教会長室で大神官ハイプリーストのエリスは神経を集中しながら瞑想していた。大きな冠のような白布の帽子には一角獣ユニコーンの姿が金の糸で装飾されており、帽子からは上質の白くて長い垂れが顔を部分を除いて垂れ下がっていた。帽子と垂れに囲われて髪の毛は見えなかったが、眉やまつ毛は黒くて、大きな目に宿る瞳も黒く、非常に凛とした印象を与えた。やや年配ではあるが、肌は白くてキメが細やかで、外見上の年齢は不詳に見えた。目鼻立ちが綺麗で、美しい顔をしていたが、どこか他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。女性にしてはかなり身長が高かった。非常に細身であり、全身白ずくめにもかかわらず、衣装がとても良く似合っていた。

 彼女の神通力は非常に強く、神々を加護を受けた教会の建物全体に意識を行き渡らせる事が出来た。聖白教エスナウに彼女以外でこれを行使出来る者はいなかった。教主ポープでさえ出来ないとされていた。

 エリスの意識が教会内のある変化を捉えていた。それは教会内の地下室で発生していらようだった。その部屋は今ここにいる教会関係者の誰も知らない極秘の部屋で、この王都グランシャインで他に知っているの者は国王のジョージだけだった。この部屋を作り上げたのは彼ら2人の依頼を受けたレヴィスターだった。彼の特殊な魔法で製作した魔法陣が床に描かれ、青白い光を放っている異様な空間。エリスでさえ普段この部屋に入る事はなかった。それは入る必要がなかったからだ。ここは純白王国フェイティー内の全ての教会に設置された歪曲門ディストーションゲートで繋がっており、一部を除き王都グランシャインへの一方通行なので、王都はほとんど「受ける」側だった。

 魔法陣の極秘の部屋から反応があるという事は国内の教会から何かが転送されてきた事を意味していた。非常に限られた教会関係者が歪曲門ディストーションゲートを稼働させる場合は事前にその日時が連絡される事が決められていたが、今回はその連絡はなかった。という事は教会関係者による使用ではないはずだ。魔法陣を稼働させる導因インデュースの魔力を付与された宝物の所持を許可されているのは王族と教会のごく一部の者に限定されており、王族関係者が何らかの緊急事態で使用した可能性があった。

 これまでこのような事態が発生した事はなかったので、エリスは非常に強い緊張を感じた。まずは誰が転送されて来たのかを確かめる必要があるため、急いで極秘の地下室へ向かった。最上階にある教会長室から地下の最深部にある魔法陣の部屋まで8階層あるため、歩いて階段を下りるだけでも一苦労だったが、彼女は息を切らしながらも走り続けて駆け下りた。

 辿り着いた地下室の扉は青白い光に包まれており、歪曲門ディストーションゲートが稼働している事がすぐに分かった。扉の前に立って封印の解除を発動させる魔法語を口ずさんだ。引き戸の扉は機械仕掛けのようにエリスが手を触れることなく右から左に音を立てずに開いた。青白い光のせいで彼女の視界は一瞬にして真っ白になった。目をきつく閉じて光の強さに耐えた後、目を慣らしながら少しずつ瞼を上げていった。目を半分ほど開いた頃に扉の輪郭が分かり始め、ゆっくりと時間を駆けながら開いた目が全開になった時、地下室の様子がようやく判明した。

 そこには王国の隠密の者が一人仰向けになって倒れていた。フードで隠れていないその顔に見覚えがあり、エリスは取り乱しながら彼女の名前を叫んで飛ぶようにして駆け寄っていた。

「ヴェスっっ!!?」

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