第013話 指環

『旧知の縁が導きを与える』


 エリザベスはほんの僅かの間ではあるが気を失っていたようだ。意識を取り戻してすぐ呼吸を整えるためにゆっくりと深呼吸をした。

あと一瞬遅ければ上位龍エルダードラゴンの強烈な火球に吹き飛ばされ、絶命してきたに違いない。今いるこの場所が地震のように大きく揺れたのは龍息吹ドラゴンブレスの威力が凄まじかったからに他ならない。しかしそれだけの威力の攻撃を受けたにも関わらず、全く被害を受けていなかった。

 ここは聖白教エスナウの教会の地下だった。上位龍エルダードラゴンに見つかって死を覚悟した時に偶然発見した青白く光る扉に導かれて潜り込んだ地下空間で、人間1人が暮らせる程度の広さがあり、空間全体が扉と同じ青白い光に包まれていた。気持ちを落ち着かせて周囲を観察してみると地下室の天井と壁が光っていたが、不思議な事に松明やランプといった火器は使用されていなかった。これは魔法の空間だった。魔法によって発光する壁や天井。魔法によって物理的な攻撃を吸収する障壁。おそらくその2つの魔法が施されていると思われた。2つの魔法効果を付与する事はかなりの上位の魔術師の手によるものだと思われた。

 乱れていた呼吸が落ち着いた頃、地下室の床に描かれた五角形の星型をした魔法陣を発見した。精巧に描かれたその魔法陣の文様は神々しい雰囲気を醸し出していたが、聖白教エスナウの神官が描くそれとは全く違うものだった。また、あまり詳しくないので正確に判断出来なかったが、邪黒教ユルシのものでもないような気がした。

 その魔法陣に近いものをどこかで見た事があるような気がした。目を瞑って必死に思い出していると昔の記憶が蘇ってきた。それはに貰ったミスリル銀製の指環の模様に酷似していた。あの指環は絶対になくすなとに言われていたから、愛用している短剣ダガーの柄に埋め込んで貰った。手先の器用なドワーフにかかるといとも容易に加工を施し、初めから付属していたかのような見事な出来栄えに仕上げてくれた。加工して貰ったのは今から10年以上も前の話で、指環は愛剣の一部となって慣れ親しみすぎてしまったのか、思い出すのに時間がかかってしまった。

 ・レヴィスターが絶対になくすなと言っていた指環だから、きっと高価な代物だろうと思っていた。貰った当初は生活に困った時は売り払ってしまえばに出来るだろうと当てにしていたが、愛剣の一部として次第に愛着を感じてしまい、それからは売却する意識はなくなっていた。

 思い起こすと懐かしく思えてきて、短剣ダガーを左腰の鞘から抜き取り右手にとって見ると、指の隙間から地下空間と同じ青白い光が漏れていた。その光に気付いて思わず右手を開いた。指輪が柄の表面で光っていた。

「こっ、これは、一体…!?」

思わず声をあげた。そして愛用する短剣ダガーを不意に落としてしまった。それは熱い物を掴んでしまい反射で手を離してしまう生体反応のようだった。愛剣は独特の金属音をたてながら石造りの床で跳ねながら転がった。訓練を受けた者としてあり得ない失態だったが、音は魔法障壁を守られて外部に漏れることはなく、逃げ場のない空間で長時間響き渡った。その音は心地良さ含んでいた。普段武器を落とす事などない為、思いがけず初めて聞いた響きだったように感じた。

 魔法陣の近くに転がっていった短剣ダガーを急いで拾い上げた。剣の柄が手で隠れないようにしながら握り直し再び見やると、青白い光はエリザベスの身体を包み込んでいった。光に包まれた感触は冬の日に陽だまりに佇んでいるような暖かさで、とても心地の良いものだった。

魔法陣からこれまでとは違う強い光が天井に向かって発せられて、エリザベスの視界はほぼ真っ白になって、何も見えなくなった。

「レヴィスターの奴、一体何を仕込んでいるんだ…!?」

エリザベスは意識を失っていった。

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