第010話 強襲

『抗う力を持たぬ者はただ無残に散るのみ』


 商業都市コームサルが侵略され上に都市機能を失ってしまった。その惨劇の最中に都市の南と東の城門のほぼ中間点から密かに脱出する一隊があった。隊員は5名。それぞれが濃い茶色のフードを被り暗めの服装を身に纏っていた。フードのため人相は分かりにくく、意図的に隠している印象だ。フードの背中の部分が膨らんでおり、リュックサックのようなバックパックを背負っていると思われた。

 一隊は商業都市コームサルで発生している惨劇には目もくれず、一斉に南方に向かって駆け出した。出来るだけ音をたてないように動いているようだった。その動き方は隠密などの特殊な訓練を受けた者のそれだった。彼らは会話する事もなく全員が一斉に街道を目指して南下していった。その間一言も会話することなく、お互いが視線を交わす事も無かった。まるでそれぞれが単独で移動しているかのようだった。

 彼らは王国所属の密偵の部隊だ。決してに出る人間ではないが、彼らが担う役割は非常に大きなものだ。彼らが役割の重要度を理解し任務を果たさなければ王国は維持できないと言っても過言ではなかった。人生の多くをこの役割に費やして情報を入手したり、王国の危機をいち早く伝えたり、場合によっては敵を暗殺する事さえあった。

 この5人の中の誰かが商業都市コームサル陥落の報を王都まで届けなければならない。5人は急いで街道沿いにある専用の厩舎へ行き、それぞれが世話をしている馬に跨った。そして決死の思いを胸に愛馬と共に街道を南方へと駆け出して行った。


 漆黒帝国ブレイク軍も純白王国フェイティー軍も気付かなかったこの小隊を驚異の視力で捉えていたのが上空で旋回していた上位龍エルダードラゴンだった。南方に逃げていくごく数人の人影を見逃さず、その動き方に奇妙な違和感を覚え、特殊な訓練を受けた人間だと直感した。その直感に従ってはいち早く移動した。人間や亜人類の眼では視界に捉える事すら出来ない程の長距離をわずかな時間で飛行していった。


 空気を切り裂きながら何かが羽ばたく音が強い風の中でもはっきりと聞こえていた。それが恐怖の象徴である上位龍エルダードラゴンのものであることは分かっていた。商業都市コームサルが壊滅的な以外を被ったのはそのドラゴンによるもので、多くの人命を失い、都市機能も麻痺してしまっていた。復旧にどれだけの歳月を要するのか、もしくは復旧できるのかも分からなかった。その元凶がこちらに向かって飛んできている。それは死ぬ事と同義だった。それでも各々が同じ使命を果たすべく、振り返らずに馬を駆っていた。

 上空に現れた最悪の怪物モンスターはその存在自体が神に近いものであって、この災厄から逃れるのは不可能であると思われた。しかし誰か一人でも使命を果たす事が出来れば、他の4人が死んでしまってもその4つの命は無駄にはならないはずだ。その意識は5人の共有のものだった。5人は一団とはならずに分散して街道沿いの林に向かった。それは考え得る少しでも生存確率を高めるためには有効な手段だった。


 上位龍エルダードラゴン龍息吹ドラゴンブレスで5人全員を一斉に駆除するつもりだったが、機先を制されてしまった。仕方なく一番手前を駆けている者に向かって急降下し、二股に分かれた大きな牙のある尾の先を乱暴にぶつけた。高速で降下しながらの攻撃であったため人間(と馬)には直接当たらなかったが、その周辺の地面全体を爆発させたため、人馬は大きく宙に投げ出されて体勢を崩されたまま大地に叩きつけられた。その高さは命あるものを絶命させるのに充分だった。を仕留めた後ですぐにに向かって飛んで行った。岩のような大きさの尾先を充分に振り回せる程度の高さ(約10m)まで上昇して低空のまま飛行し、最短経路で辿り着いた。そしてと同じように戦槌ウォーハンマーのような尾先で大雑把に「爆破」させた。脆い人間(と馬)を仕留めるには十分な破壊力だった。上位龍エルダードラゴンはそれをへ淡々と続けていった。

 一方的な惨劇が流れ作業のように淡々と続いていったが、上位龍エルダードラゴンの「爆破」が到達する前に林へ潜り込んでしまった。木々の中に入られてしまうとその存在を捉える事は出来ず、の殺戮を断念せざるを得なかった。しかし逃がすつもりはなかった。純白王国フェイティーの三大都市の一つを壊滅させた情報を伝達されてはならなかったからだ。

 そこで上位龍エルダードラゴンが林に入っていった付近に向かって龍息吹ドラゴンブレスを一閃した。吐き出された火焔はあっという間に林の一部を黒焦げして、一瞬で山火事の跡のようになってしまった。その黒い焼け野原の中に焦げて動かない馬と人があった。それを確認してから上位龍エルダードラゴンは西の空へと飛び去って行った。


 ドラゴンが飛び去ったと同時にまた雨が強く降り出した。

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