第008話 崩壊

『頂点に立つ者の脅威は体験した者にしか分からない』


 聖騎士団パラディンズが見上げるその先にはドラゴンでも上位種である上位龍エルダードラゴンが悠然と空中に浮遊しており、その威厳に満ちた姿は鍛え上げられた騎士達を圧倒していた。騎士たちの全身は震えあがり、全ての汗腺から汗が噴き出していた。戦う事を生業とした者達が戦うべき相手を目の前にして雄叫びどころか声さえも出せずにいた。「支配者と従属者」「蛇に睨まれた蛙」といった覆せない関係がもたらす絶望が空間を支配しているかのようだった。


 ドラゴンは万物の霊長にして生態系の頂点に君臨しており、知能も人類を大きく上回るとされている。下位龍レッサードラゴン上位龍エルダードラゴンの2種に大分され、同じ種族ではあるが、その能力などは大きな格差がある。

 下位龍レッサードラゴンは家屋数軒分の大きな体躯を四肢で支え、長い首と尾を持ち、全身を硬い鱗に覆われている。大きな2本の角があり、凶暴な眼光の瞳を持ち、龍息吹ドラゴンブレスと呼ばれる火焔の息を操り、その威力は家屋を軽く吹き飛ばす。人間よりも知能が高く、人間だけでなくエルフやドワーフなどの亜人類の言語も理解するが、人間などと会話をする事は出来ない。正確な生息数は確認されていない。それは出会った者が生還できないからに他ならない。

 上位龍エルダードラゴンの身体は下位龍レッサードラゴン一回り小さくて細いが、背中に蝙蝠のような形状の大きな翼を2枚持ち、世界最高の飛行能力を有している。龍息吹ドラゴンブレスは種類によって火・水・氷・雷等の特性があり、威力は下位龍レッサードラゴンの比ではなく、小さな村であれば一息で壊滅させるほどである。知能は下位龍レッサードラゴンよりさらに高く、人間などと会話でき、独自の言語と魔法を有すると言われている。ほぼ伝説上の生物とされており、本当に生息するのかも分からない存在となっている。


「本当に存在したのかっ!?」

隊長のクルーズは震える身体からその台詞を絞り出すのがやっとだった。強い動揺と混乱に支配されている彼は本来の役割を果たせずに、ただただ涙を流して絶望していた。これまで数多くの戦地で何度も死線を超えてきた隊長でさえこの有様であり、より経験の浅い部下達は腰を抜かして座り込む者達が大勢いた。それはもはや軍隊の態をなしていなかった。

 上位龍エルダードラゴンは大きな翼を羽ばたかせながら中空から怯える人間達の様子を冷徹な眼光で見下していた。まずはこの一軍を駆逐する事から始めなければならない。体の奥底にあるエネルギーを集中し、そのエネルギーを大きく開けた口から轟音とともに放出した。放出されたエネルギーは巨大な火球へと変化し、それは火山から噴出されたマグマが固まったかのようだった。この大きな火球のために北門付近の家屋は全て吹き飛んでしまい、地面はえぐれて真っ黒に焦げ、色々な物がまとめて焼け焦げた異臭が辺り一帯を覆っていた。そして駆け付けた聖騎士団パラディンズの一隊はその強烈な龍息吹ドラゴンブレスによって全員が吹き飛ばされていた。鍛え上げられた軍隊でさえもたった一息で完膚なきまでに打ちのめしてしまった。


 龍息吹ドラゴンブレスを発した後も中空で羽ばたきながら浮いていた上位龍エルダードラゴンは黒く焦げたクレーターを確認してから、都市の中央に向かって飛行を始めた。中央には領主であるヘンリーの館があり、そこを叩けば都市機能は失われる。今回の目的はこの都市を機能不全にすることであり、都市の中枢を破壊すれば良かった。降り続く強い雨を切り裂きながら飛んでいく上位龍エルダードラゴンの前に障害となるものは何もなく、あっという間に都市の中央にある城の上空まで辿り着いた。見張りの衛兵達は上位龍エルダードラゴンの姿を捉えていなかった。北門からの伝達がなく、豪雨で視界が悪い上に羽根の音も聞き取れず、上空からドラゴンが襲ってくるという認識のない者達にとって死角をついたと言ってよかった。領主の館は3階建ての石造りであり、先程壊滅させた北門付近ほど簡単に破壊できそうにはなかったが、複数回の龍息吹ドラゴンブレスを吹けばかなりの打撃を与えられると思われた。

 上位龍エルダードラゴンは石造りの建物に1度目の龍息吹ドラゴンブレスを吹き、建物の屋根の一部を吹き飛ばした。すると武装した人間達が建物の1階から巣を攻撃された蜂のように湧き出してきて、上空を見上げて上位龍エルダードラゴンを見つけたようだった。空中で悠然と翼を羽ばたかせて浮かんでいるドラゴンを見た兵士達は言葉を失ってガタガタと震え出した。それは北門付近で見かけた光景と全く同じだった。

 その後龍息吹ドラゴンブレスを続けて2度受けた領主の館は石の壁を残して辺り一面を黒く焦がして崩壊してしまった。圧倒的な破壊力だった。それに巻き込まれた人間が生存できるはずがなかった。

 上位龍エルダードラゴンは崩壊した都市の中枢部を確認してから西の彼方へと飛び去った。

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