第007話 襲撃

『圧倒的な力に抗う術はない』


 商業都市コームサルの港には大小様々な30隻ほどの船が停泊しており、そのうち10隻は王国所有の領主用と軍需用で、それ以外はほとんどが漁船であり、一部は貿易船を兼ねている船もあった。悪天候で荒れる川面の影響で全ての船が大きく上下していたが、その中の数隻の漁船から突如火の手が上がった。この天候に乗船者がいる訳はなく、火の気のない場所からの出火であり、何者かによる放火の可能性が高かった。天候が悪いために船は桟橋に強固に停泊されて、さらに密接に集結されているため、火事は漁船の群れにあっという間に広がっていった。

 しかしその火事の発生は強い雨のために城壁上の衛兵から発見される事はなく、勢いの増した火勢は王国所有の船にまで燃え移り、港全体が炎上するまで発見が遅れ、衛兵が気付いた時には港は大火災となっていた。火災に気付いた衛兵の号令により多くの兵士が港側の西城門を開け港へ消火活動の為に駆けつけていった。

 豪雨でも煌々と燃え上がる大火に向かって城門から駆けていく兵隊達は火災のあまりの大きさに動揺してしまい、原因やその背景について深慮出来ていなかった。実は漆黒帝国ブレイクによる侵攻作戦の発端であり、帝国軍の特殊部隊による襲撃の開始だったのだ。


 大火災の鎮火に多くの兵士が対応している間に、西城門以外の北・南・東のそれぞれの城門付近から火の手が上がりだしていた。西城門から港へ駆けつけていた兵士達は背後で発生しているこの事態に気付き、豪雨の中で目を凝らしてみると黒煙が城壁内から立ち上っているのが分かった。さらに3つの城門付近からは怒号や悲鳴を含んでいると思われる騒音が響き、異常な事態が発生している事は明らかだった。兵士達は急いで隊の編成を整えて西城門へ戻っていった。


 都市の中央に位置する領主の城には四方の城門から次々に異常な事態の報告が入っていた。

「港で大火災が発生し、西門守備隊及び聖騎士予備隊が消火対応中!応援を要請します!」

「北門付近で火災が発生し、北門守備隊が消火活動を開始!支援が必要と思われます!」

「南門!火事が発生している模様!守備隊が消火中に負傷した模様!救護を!」

「東門近くの民家が正体不明の賊に襲撃を受け燃えております!守備隊応戦中ですが、劣勢の模様です!直ちに応援願います!」

 領主の館に入ってくる四方の城門からの情報は全てが緊急事態を知らせるものばかりで、どこから手を付けて良いか分からないような状況だったが、商業都市コームサルの領主で純白王国フェイティー第二王子でもあるヘンリーは即座に指示を出した。

「西門は延焼を防ぐ最小限の兵力とせよ!兵力を他の3門へ均等に配分。聖騎士団パラディンズの3隊を3つの門へ!これは戦時だと認識せよっ!!」

 この指示は伝令者達によって滞りなく迅速に各所へ伝播していき、西門の軍団は3門へ分散し、軍の主力である聖騎士団パラディンズは西門からの兵力を吸収して編成し、正体不明の賊に向かって突入していった。


 聖騎士団パラディンズ一角獣ユニコーン隊が北門付近に近付くにつれて逃げ惑う市民達の数が増加していった。彼らは襲撃から遠ざかるために市街中心部へと避難していた。市民達は聖騎士隊パラディンズ一角獣ユニコーンののぼり旗を見つけると歓声をあげながら隊列の行軍のために道の両端によってさらに中心部への避難を続けた。これは日頃から市民参加の避難訓練を実施していた成果が有事に発揮された結果だった。

 門の付近の家は木材や竹材によるものが多く、放たれた火が簡単に燃え広がっていた。立ち昇る黒煙が焦げた木材や竹材、生活用品や排泄物といった諸々の臭いの混ざり合った悪臭を周囲に撒き散らし、火炎地獄のような光景だった。急ぎ消火して延焼を防ぎたかったが、まずは侵入して来た敵を排除しなければならない状況だった。

 一角獣ユニコーン隊長クルーズは襲撃しながら放火しているはずの正体不明の賊を探していた。しかし、駆け付けながら向かっている北門に近づくにつれて少しずつ違和感が強くなっていくのを感じていた。街を襲っているはずの賊の怒号が聞こえてこなかったからだ。火災だけが大きく広がろうとしている現場に撃退すべき敵の姿はなかった。しらみつぶしに近くを捜索するか、索敵の範囲を広げるか思案していたところ、周囲の兵達が上空を見上げて誰彼となく動揺した声を上げていた。クルーズもその異変に気付き同じ方向を見上げた。

 そこには信じられない光景があり、思わず落馬してしまいそうなほどの衝撃を受けだ。

「まさかっ!?あれは…、ドッ、ドラゴン…!?」

そこには大きな翼を羽ばたかせた上位龍エルダードラゴンが巨体を浮かせてこちらを睨んでいた。

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