第006話 嚆矢

『凶事は思いがけない時に起こる』


 純白王国フェイティー領内の街道は険しい山脈の分布に影響を受けてアルファベットのCのような形をしていて、街道のほぼ中央に商業都市コームサルがあった。それは大河ライヴァー沿いの東河岸側の最大の都市で、多くの役割を担う多目的な都市だった。領内の北部と南部を繋ぐ街道の中間であり、もう一つの国家・漆黒帝国ブレイクとの唯一の玄関口であり、人とモノとカネの流れが集約される重要な地点であった。3つの流れが集まる事で必然的に商業が発展を遂げ、王国の富の大部分が流れ込んでくるため、王国最大の人口を誇っていた。外交の窓口としての機能も有し、漆黒帝国ブレイクとの唯一の接点は異国文化の入口としての顔を持ち、異国の侵入を防御する最前線基地の面も持ち合わせていた。王国の重要な拠点であるため国王の第二王子が領主を務め、王国の主力部隊である聖騎士団パラディンズが配属されていた。最前線基地であるため軍の士気が低下しないように定期的な国王による慰問と軍事訓練の視察が実施されていて、漆黒帝国ブレイクの侵攻に対する備えは常に欠かさなかった。


 その日は夜明け前から年に1度あるかないかというほどの大雨で、雨が轟音を立てながら降り続け、夜が明けても薄暗いままで、前方を確認するのも難しいような状況だった。時より黒い雨雲から雷鳴が轟き、天空で未知なる生物が蠢いているかのようだった。こんな大雨では外出もままならず、商業都市コームサルの市民は皆一様に家に引き籠るしかなかった。豪雨でも外にいる者といえば城壁で見張りの任につく兵士くらいであった。雨用の外套を着用しながら警備に当たっていたが、雨の勢いが強すぎて眼を開けるのにも苦労する程で、ただでさえ見通しの悪い視界をさらに見えにくいものにしていた。天候はこれ以上ない程に不吉な雰囲気だった。


 楕円形をした商業都市コームサルの城壁は隻眼巨人サイクロプスでも打ち破れない高さと厚みを有しており、鉄壁の城塞として名高いものだった。城壁の最上部は兵士だけでなく石弓や連弩などの兵器も往来するのに十分な幅があり、要塞都市としての機能も王都に匹敵していた。大河ライヴァーに沿うように縦長に配置された城壁からは河岸に造成された大きな港が見えた。港は漆黒帝国ブレイクとの玄関口であり、貿易と防衛の最前線でもあり、純白王国フェイティーの最大の港であった。その港は豪雨のため警備の兵士がいる物見塔からはほぼ見えておらず、警備網は部分的に分断されていたのだが、この状況に警鐘を鳴らす者は誰一人としていなかった。そんな中不気味な黒い影が港で動き出していた。

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