第005話 魔王

『圧倒的な力に人は恐怖する』


 最大限の敬意を払って依頼をしてきた純白王国フェイティーの王子・エドワードは快諾の回答が返ってくる事を祈りながら、目を閉じたままレヴィスターの返事をじっと待っていた。その回答が彼の国の運命を大きく変える事になり、王国の存亡に直結すると直感していたからだ。


 彼の属する王国・純白王国フェイティーは大陸を二分する国家の一つで白い神々を信仰する聖白教エスナウを国教とし、市民は全てがその信者とされる。大陸を中央でほぼ均等に分かち全ての生命の源として崇められる大河ライヴァーの東側に位置する国家で、大陸の四割を支配していると言えた。王都グランシャイン宗教都市リガオン商業都市コームサルの三大都市を有し、肥沃な農地や広大な放牧地が点在しているため食料自給率は高く、王都の工業地区で生産される良質な金属製品は市民の生活を豊かにしていた。人間の他にエルフやドワーフなどの亜人種も都市とは別の場所でコミュニティーを形成して領土内に存在し、同じ神々を信仰する信徒の一部をなしていた。信者は神々を身近に感じるために好んで白い服や装飾を好んだ。


「断る」

 レヴィスターはエドワード王子の正式な申入れを素っ気なく、かつ、冷めた回答で拒絶した。大きな期待を寄せていた魔法剣士シルヴァーから正反対の回答が出てきた事にエドワードは巨大な岩を浴びせられたような衝撃を受け、身体と心が反応出来ずに屈んだまま思わず固まってしまった。その同じ瞬間だった。

「無礼だぞっ!レヴィスター!!こちらは王族自ら出向いて正式に依頼しているのだっ!これは国王のジョージ様の御意志であり、そなたには国王様から受けた恩義もあるであろう!」

 カルドは鍛え上げた身体を震わせながら最敬礼の姿勢を解いて素早く立ち上がり、銀髪の魔法剣士シルヴァーに掴みかかりそうな勢いで大声を張り上げた。それを察したエドワードもすぐに立ち上がり右手を出して僧兵ムンクを制し、ティスタは姿勢を変える事なく右手をカルドの裾に伸ばして引っ張り、王子と同じく抑制を促した。立ち上がってしまったエドワードはもう一度先程の体勢に戻ろうとしたが、レヴィスターがそれを止めるように左手をさっと上げたため、その動作は止めてしまった。

「そちらの誠意ある態度は分かっている。立ち話も疲れる。ソファに座るがいい」

 冷静で冷ややかな口調は変わらないが、レヴィスターは3名を諭すようにして円卓の周囲に座らせた。そしてすぐにクウィムに何かを指示した。彼女は指示に従ったようで応接室から出た。


「彼女がいても支障はなかったが…」

 エドワードが二の句を継ぐ前に

「客人をもてなすために準備を頼んだだけだ。気にしなくていい」

 とレヴィスターに流れを遮られ

「人間共の醜い争いに俺が興味を示すと思ったのか?だとしたら、ジョーも歳をとったな…」

 相変わらずの抑揚のない口調でそう呟いた。自国の王を侮辱されたと感じたカルドが再び立ち上がってレヴィスターの台詞に反論しようとしたが、またしてもエドワードに制されてしまった。

僧兵長ムンクマスターカルド。今は熱くなる時ではないのだ」

 そう言われた僧兵ムンクは王子の一言で怒りを渋々と収め、腕組みをしながら荒々しくソファに座り直した。王子は感情を噛み殺したかのような表情でレヴィスターに向き直り、上半身を乗り出して両肘を両膝につけながら銀髪の剣士の銀色の眼を見た。

「レヴィスター。僕は貴方が王国の戦争に興味を持たない事は重々承知している」

 エドワードは自分が子供だった頃の話し方に切り替えたが、レヴィスターは冷気を帯びたような視線を変えずに微動だにしない。

「2ヶ月ほど前から我が国と漆黒帝国ブレイクの戦争が始まってしまった。それは父達が築き上げた『奇跡の時代』が10年で終わってしまったことを意味する。ただ、今それを惜しんでいる時間はない」

 エドワードは視線をそらさずに続けた。

「そしてその戦線で我々は苦戦している。僕は援軍を連れて王都に向かう途中で父からの早馬の伝達を受けて、援軍を弟に任せてここに来た」

 レヴィスターの表情に変化があったように感じたのはエドワードだけだったようだ。

「父からの伝達は『魔王を召喚せよ』だった」

 カルドとティスタにも分かるくらいにレヴィスターの表情が険しくなった。

「そして早馬は『王都陥落』とも言った」

 銀髪の剣士の表情は固まったかのように変わらなかった。エドワードは変わらない口調で続けようとしたが、無意識の内に次第に熱を帯びた話し方に変わっていった

「あの父が貴方を『魔王』と呼んだ事。そして王都が陥落した事。僕が王都を離れる際に父からこの二つの条件が揃った時、ここに来て貴方に助けを請えと耳打ちされていた」

 王子は自らの熱の昂りに誘われておもむろに立ち上り、両拳に力を込めて叫んでいた。

「僕は父の耳打ちを信じて配下の精鋭を10人も失いながらここに来た!彼らの英霊に報いるために手ぶらでは帰れない!長い歴史の中でこれほど戦況が悪かった事はないんだ!これはもう王国の存亡がかかっている命を賭けたお願いなんだ!!」


 レヴィスターはソファに座ったままエドワードを見上げて呟いた。

「そうか、ジョーの意図は分かった」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る