第004話 依頼

『期待の大きさは絶望を大きくする』


 ドラゴンの縄張りから無事に生還したエドワードはレヴィスターに「どうしても聞いてほしい話があってここまで来た」と申し出て、密林ジャングル内にあるレヴィスターとクウィムが住む邸宅に招待される事になった。それはドラゴンの住処であった焼け焦げていた野原から密林ジャングルに入り、過密に高く生い茂る草を剣先で切り裂き、頭上から垂れ下がる樹木の枝葉をかき分けながら千歩ほど歩いた先にあった。銀髪の剣士達が救助に駆けつけてくれたのであればその際に少しでも道が出来ていて良さそうだったが、それらしい足跡を感じる事はなかった。彼等がどのようにしてあの修羅場に駆けつけたのか非常に大きな謎だったが、道を切り開いていく事と非常に重要な任務を帯びている責任感が強かったために余裕のない精神状態であり、それを気にとめる事が出来なかった。

 草と樹木の枝葉による鬱陶しい程の緑の壁と高い樹木が落とす影によって薄暗い緑色の空間が続いていたが、歩くのにやや疲れを感じていたころに前方から光が差してくるのが見え、前方に開けた空間があるのが分かった。それだけで少し疲れが軽くなった気がした。密林ジャングルを抜けるとその先には大きな湖があり、その湖面は太陽光を眩しく反射してキラキラと輝いていた。

 レヴィスターの邸宅はその湖畔にあったが、それは家ではなく城の規模の大きさで、レンガ造りの高く分厚い城壁があり、壁の中央には大きな鉄の門が構えてあり、門から中の様子はうかがい知る事は出来なかった。城壁は翼を持つ生物でなければ越える事が出来ないほど高く、怪物モンスターの宝庫であるこの密林ジャングルに建設されている事を考えると、巨人族でも打ち破れない厚みを持たせているだろうと想像できた。城壁に近づくにつれてその高さに圧倒されそうになった。遠くから見た印象よりもさらに高かった。


 壁の中央にある門に差し掛かったところで先頭を歩くレヴィスターが足を止め、おもむろに左の手のひらを門に向けて目線の高さまで上げて「解錠せよ」と呟くと、重たいはずの鉄製の門扉が金属のこすれ合う音をたてながら奥に向けてゆっくりと開いた。開かれた門から全員が敷地内に入ると、レヴィスターは振り向いて開門した時と同じ体勢をとり「施錠せよ」と呟き、鉄の門は館主の声に忠実に従った。門から先は石畳の道が真っすぐ伸びていて、道の両脇には先程まで歩いていた密林ジャングルと同じ原生林のような庭があった。

 エドワードに付き従う魔術師ルーンマスターのティスタは先程の門の開閉に大きな違和感を覚えつつ一歩前を歩くカルドの背を見ながら歩いていた。レヴィスターは門に手を触れておらず、開閉の為の従者がいるわけでもないあの門扉には明らかに魔法の力が働いているはずだが、彼の解錠と施錠の魔法には彼女の常識的な魔法学にはないものだった。彼女が駆使する物質魔法ルーンマジック万物マナと呼ばれる力を呼び出すために精神の集中と呪文の詠唱が必要だが、彼は一言だけ扉に命令をしただけだった。そしてもっと大きな疑問は剣士であるレヴィスターが魔法を駆使している事だった。万物マナと呼ばれる力は一般的な金属を拒絶するとされるため、武器や防具に金属を使用する剣士は物質魔法ルーンマジックを駆使出来ないというのが常識だったからだ。実際にティスタは貴金属を含めた一切の金属を身に付けていなかった。

 ティスタは銀髪の『魔法』剣士に背筋が凍る恐怖に似た驚異の念を感じざるを得なかった。


 石畳の真っすぐな道を抜けた先に白と黒の大理石を基調とした1階建ての豪華な邸宅が姿を現した。それは王国の地方領主が住んでいてもおかしくない佇まいで、レヴィスターとクウィムだけで住むには大きすぎる規模に思われた。黒大理石の枠に黒い金属製の扉で出来た玄関をくぐり、円形をした応接室に通された。部屋の中心には円卓があり、それを囲むように同じ円形の重厚なソファが置かれていた。ソファは出入りが出来るように2箇所の空間を設けるように配置されていた。

 レヴィスターはエドワード達をそのソファに誘導したが、エドワード達3名はそれを遠慮するように応接室の入り口で何かを思いつめた顔で立ち尽くしていた。それはとても重苦しい雰囲気の尋常ではない表情で、彼らの抱えている事情が非常に切迫している事をうかがわせた。白衣の剣士は意を決したようにして左膝を立てて右膝を床につけて屈み、右手で作った拳を垂直に立てた左の手のひらに合わせて胸の前に掲げて、やや首を垂れて視線を落とした。それは儀礼に則した最大の敬意を払う姿勢だった。一つ後ろに付き従うカルドとティスタも同じ姿勢をとった。

 そして静かに、しかししっかりと響く声で次のような口上を述べた。

魔法剣士シルヴァーレヴィスター・ガイクス殿。わたくし、エドワード・ルークは純白王国フェイティー国王である父ジョージ・ルークの名代として貴殿にお願いに上がりました。我が王国の危機を救うため、我が軍に貴殿の御力を賜りたく存じます」

最大限の誠意を示す姿勢と口上は純白王国フェイティーの王子として大変立派なものであった。彼の身分を考えると人生で初めてこのような態度を示しただろうと思われた。

 口上の余韻が応接室に残る中、エドワードは静かに目を閉じ、レヴィスターの回答を待った。

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