第003話 少女

『驚異的な才能は必ず世界に眠っている』


 巨躯を揺すりながら大きな足音を立て、一歩ずつ地震のような揺れを引き起こしつつ住処へ帰っていく凶悪なドラゴンの背と尾を見て、これまで自分が立たされていた死線が消え去ったのが分かった。その瞬間に全身の力が抜けていき、両膝から崩れ落ちるように倒れた。杖代わりにしていた剣に寄りかからなければそのまま突っ伏して倒れてしまっていただろう。

「エドワード様っ!!」

大きな声を出しながら2名の仲間が一斉に左右から駆け付けた。龍息吹ドラゴンブレスは中央を中心に炸裂したため、左右に展開した仲間達の被害は少なかったのだろう。

 左から駆けてきたのは神官でありながら武闘家でもある僧兵ムンクのカルド。人間の男として大柄な体躯で白を基調とした道着に身を包み、道着の胸から腹にかけて大きな一角獣ユニコーンの立派な紋章が刺繍され、位の高い身分であることが分かる。やや赤みを帯びた茶髪を短く刈り込んでおり、角ばった輪郭で彫りの深い眼窩に細めの吊り上がった目尻を持ち、緑色の瞳をしていた。高い鼻の下には口髭をたくわえており、年齢は40歳手前といったところであった。さすが僧兵ムンクらしく道着の上からでも鍛え上げられた筋肉がついているのが見て取れた。肩からは例の魔法のマントを纏っていたが、龍息吹ドラゴンブレスによってその大部分を焼失し残った部分も黒く焦げてボロ布にされていた。

 右から駆けてきたのは魔術師ルーンマスターのティスタ。白を基調としたフード付きのローブを身に纏い、手には魔法杖ルーンスタッフを携えている。人間の女として平均的な身長で艶のある黒い長髪を首の後ろで一つにまとめており、肌は透明感のある白磁のようなきめの細かさだった。彫りが浅く眼が大きいため童顔の印象を与えるが、美しい顔立ちであることに間違いはなかった。年齢は20代前半に思われた。ローブの背には金の糸で刺繍された不死鳥フェニックスがあしらわれ、その上からほとんど焼け焦げて黒く変色した魔法のマントを付けていた。ローブのしつらえを見る限り彼女の位も高いと思われた。

「大丈夫だ…、支障はない…」

エドワードは弱った体力から絞り出せる声で左右の二人に諭すようにそう告げた。

 カルドの肩を借りながらもう一度立ち上がり、レヴィスターに向き直って危機を救ってくれた謝辞を述べた。

「レヴィスター・ガイクス、助けてくれてありがとう」

「昔のえにしだ。次はない」

助けてくれた銀髪の剣士は銀色の瞳から氷のような視線を向け感情を排除した声でそう答えた。威圧感はないが圧倒的な迫力のある視線で、その迫力に押され意識を失わないようにするのがやっとだった。

「レヴィ、どうするの?」

女性の澄んだ高い声が辺りに響き渡った。それはレヴィスターの背後から聞こえてきたが、これまでその声の主の気配を全く感じる事ができなかったことに戦慄を覚えた。声の主はレヴィスターの背後から恥ずかしそうにしながら顔を出し、恐る恐るその全身をあらわにした。人間の少女のようで背丈は平均的な高さに見えた。ほぼ白に近い金髪は腰までまっすぐと伸び、夜空に輝く星のように輝いて見えた。顔は人間としては非常に小さく、肌は白大理石のように白く、大きく見開いた赤い瞳が強烈な印象を与えた。身体は細くやや痩せすぎな印象だった。薄めの赤いローブを纏い、黒を基調とした首長の上着には幾何学模様が赤と金の糸で刺繍されており、膝下の長さのスカートを穿いていた。脚には膝付近まで伸びる赤く染められた革のハイブーツを穿き、そのすねの部分に小さな黒い宝石が散りばめられおり、非常に高価な代物に思われた。武器は携えていないようだった。


「クウィム、彼らの傷を癒してくれるか?」

レヴィスターはその冷静な表情を変えずに少女にそう言って依頼した。

「うん、分かった」

クウィムと呼ばれた少女は足音を立てずに、龍息吹ドラゴンブレスによって負傷している3名に近づいていった。少女は優しく微笑んでいて、先程まで人見知りのような対応をしていた同じ人物とは思えなかった。レヴィスターの一言が彼女をそうさせたのだろうか。彼女の微笑みは傷付いた3名の心を包み込むような不思議な空気を含んでいて、3名の警戒する気持ちは初見にもかかわらず完全に吹き飛んでいた。

 少女は3名に向けて正対し、右の手ひらを垂直に立てて大地と水平になるまで上げ、赤い瞳が印象的な大きな眼を静かに閉じた。そして精神を集中させながら若干あごを引き、呪文でも言語でもない何かを口ずさんでいるようだった。すると目に見えない何かが3名を包み込み、温かい空気を感じた瞬間に、3名とも全身の火傷が回復していた。それは神官のみが駆使できる回復リカバリー治癒キュアを同時に発動させたようなもので、神官魔法プリーストマジックの常識では不可能な対応であり、僧兵ムンクであるカルドは驚きで全身が小刻みに震えた。

「こっ、これは、神々の恩恵の範囲を超えている…」

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