第35話 魔境に通じる穴


 胸部に、深々と刃を撃ち込まれた土巨人。


 その巨体が、砂の流れる音と共に崩れだした。


 魔法核の力で、強引に人の姿に似せていた土くれが、本来の形に戻っていくのだ。


「おおい、やったな」


 ルシュフが俺に駆け寄ってきた。


「お手柄だぞ、天屋」


「ありがとう。……それに引き換え、君は何の役にも立たなかったな」


 皮肉を言いながらも、俺は足元のルシュフを、持ち上げてやる。


「何言ってやがる。この名セコンドの助言があってこそ、君は勝利をつかめたんだぞ」


「なんだ、あれは助言だったのか? 随分口の悪い観客がいるもんだ、と腹を立てていたところだったよ」


「ふん、ぬかせ。俺という存在がお前にとっていかに重要か。それが分かる日はすぐにやってくるんだからな」


「はいはい、その日が待ち遠しいですよ、まったく」


 俺たちが交わすのは、何の実りもない、おしゃべりに過ぎない。


 そんな他愛のない時間が、命がけの戦いの後では、宝石のように輝いていた。


(とはいえ、こうもしてられないな)


 局所的な戦闘こそ勝利を収めたが、戦闘全体の終息までは程遠い。


 一刻も早く、有人と宮嶋さんを救助し、この迷夢宮を消滅させなければ。


「九谷さん!」


 俺は、同じく局所的戦闘に従事していた、彼女の方を向く。


 もっとも、俺が勝てるような相手に、九谷さんが長丁場を演じるわけもない。


 残数、一か二かゼロ。圧倒的優勢を予想しながら、首を回す。


「え!?」


 ところが、現実は、俺の予測とはかけ離れた姿を見せた。


「せえええい!」


 いまだ激しく戦い続ける九谷さん。


 対する土巨人の頭数は、最初と変わらず十。


「あの九谷さんが手こずっている?」


 俺が戦った奴より強い個体なのか?


「どうも、そういう訳じゃなさそうだぞ」


 ルシュフの視線の先には、土巨人の残骸と見られる土の塊が、ちょうど十ある。


「す、すでに十体倒している? ……まさか、再生能力か?」


 俺は足りない頭を必死に回すが、それは今回も見当外れに終わったようだ。


「いや。そんな小難しい話じゃない。単に土巨人の数が増えたんだ」


 ルシュフが、その愛らしい前足を、土巨人たちの背後に向けた。


 そこには、見るも恐ろしい景色が広がっている。


 ゴゴゴゴ


 連なるような地響きを上げて、隆起する大地が、およそ十、いや、二十、三十?!


「み、見る間に増えていく」


 その土巨人量産工場は、九谷さんに近いものから圧縮工程へと入り、次々とゴーレムが生み出されていく。


「はああああ!」


 九谷さんが、身をかがめた。


 下半身にバネの働きをさせて、横っ飛びに跳躍。


 同時に、人差し指と中指を立てた手刀を払って、長い水平斬りを放つ。


 指刀の高さは、魔法核の位置。


 ギィイン


 日本刀が鉄兜を断ったような音を立て、彼女の真ん前に陣取っていた土巨人が四体、同時に両断された。


「さ、さすが、九谷さん」


 半ば賞賛、半ば呆れて、俺はその神業を見ていた。


(俺が三工程で一体倒した相手を、一動作で四体とは……)


 ここまで圧倒的だと、嫉妬すら抱きようがない。


「「「「「ゴオオオッ!」」」」」


 しかし、その九谷さんをもってしても、状況を好転させられない。


 大地の脈動は止まらず、新たに生まれた五体の土巨人が、すぐに戦線の穴を埋めた。


「こ、これじゃあ、キリが無いぞ」


 ルシュフも狼狽した声を上げる。


「九谷さん、今助ける」


 俺は、微力ながら助太刀に赴こうとする。


「来るな! 来なくていい!」


 救援は、他ならぬ当人に遮られた。


「あ? え?」


「天屋くん。白魔封士の師匠として、君に命令をくだす」


「は、はい!」


 俺の背筋が自然と正される。


 危険と隣り合わせの白魔封士の世界においては、自然と上下関係は厳格になる。


 人命のかかったこの非常事態においてそれは特に顕著だ。


 俺に拒否権はまったくない。


「君に、守護幻魔獣の討伐を命じる。ただちに、ルシュフを連れて先ほどの穴を探索せよ。宮嶋さんと藤原くんに関しては、状況に応じた適切な対処をするように。以上」


「ち、ちょっと待て、サキ。それはいくらなんでも無理がある」


 俺に代わって、ルシュフが大慌てで異を唱えた。


 一応、パートナーには白魔封士と対等の身分が保証されていて、ルシュフには反対意見を述べる権利がある。


 しかし残念なことに、九谷さんには、ルシュフに対して、小生意気なペットくらいの意識しかない。


「異議は却下する」


 簡単に言い捨てると、彼女はもう目もくれない。


「聴け! 相棒の話を」


 ぎゃあぎゃあとがなり立てるルシュフに、俺がそっと声をかけた。


「こ、今回は場合が場合だ。仕方がないさ」


「何がしょうがないだ。分かっているのか。あいつは俺たちに特攻しろと命じてきたんだぞ。迷夢宮のボスなんて俺たちだけで倒せるわけがない」


 もちろん、俺自身も、ルシュフが正論を言っているのは分かっている。


 ただ、非論理的でもやらなきゃいけない状況、というのは現実にあってしまう。


「そんなことお前に言われるまでもない」


 と、ルシュフが丸っこい牙をむいた。


「できなかろうがなんだろうが、前進するのが、魔封士の業務内容だ。しかし! できることの中からベターを模索するのが、基本的なスタンスであるべきだろう。あいつはそれを平然とスルーして精神論に走るから、こっちは付き合い切れないんだよ」


「い、いや。ご、ごもっともで」


 説得するつもりが、完璧な反論を受けて、俺は恐縮するばかりである。


「で、でも、九谷さんにだって葛藤はあったはずなんだよ」


 理論で負けた俺には、感情に訴えるしか方法がない。


「使命と友情の板挟みに胸を痛めながら、非情な命令を下したに決まってる。彼女は、本当は心の優しい人だからさ」


「ぷ、あはははは」


 俺の必死の説得に対するルシュフの返事は、大爆笑と言うものだった。


「あいつが優しい。ひゃははははは。ないないない。天屋よ。斬新すぎる新解釈はよしてくれよ。俺を笑い死にさせ気か。ひゃはは」


 爆笑中のルシュフに、戦闘中の九谷さんが、背中で何かを語る。


 しかし、ルシュフはそのことに何ら気づかない。


「あいつが黒魔封士たちの間でなんて噂されているか知っているか? 『九谷貴咲は白連の開発した人間兵器であるらしい』。あまりの強靭さと不感症ぶりから、長年にわたって囁かれている内容だ。もちろん単なるデマだが、問題はそこじゃない。そんなバカげた噂話がいつまでも鎮火しない辺りに、あいつの人間的欠陥が垣間見えるだろう」


 土巨人たちをさばく九谷さんの背中が、わなわなと震える。


「ル、ルシュフ。どうかそのへんで」


 俺の制止などどこ吹く風、ルシュフの滑舌はもう止まらない。


「実際、肉体よりも精神的な問題の方が厄介なんだよな。他者への共感力の絶望的な欠如。罪の意識なんて生まれつき持ち合わせていない。控えめに言ってもサイコパスだ」


 最終的に、ルシュフはここまで言い切った。


「あ、あの、そ、それはさすがに言い過ぎ――」


 ふっ、と俺たちの頭上に影が射した。


「ん?」


「なんだ?」


 見上げると、真っ逆さまに、土巨人が一体降って来る。


「ゴオオ!!」


「うわあ!?」


「ひええ!?」


 俺たちが避けたところに落着した土巨人は、よほどの高度を得ていたのか、木っ端みじんに五体が吹っ飛ぶ。


「ああ、なんだ。まだそんなところにいたのか。危ないぞ。私が何の気なしに放り投げた幻魔獣に押しつぶされるところだったじゃないか」


 何の感情も含まれない棒読みで、九谷さんはそう言ってのける。


「えええい!」


 そして、手近な土巨人をまた持ち上げ、背面投げする。


 こちらを目視していないのにも関わらず、その投射はどこまでも正確無比である。


 土の巨体が、ぴったりと、ルシュフめがけて落ちてきた。


「ひ、ひええ」


 見た目どおりのハリネズミの敏捷性で、ルシュフは、どうにか土巨人本体から身をかわす。


 同時に、地面に激突して飛び散った破片も、素早く回避する。


「ははは。どうだ、サキ。この程度のことで、この大悪魔ルシュフ様を亡き者のしようなど――」


 勝ち誇るルシュフだったが、しょせん九谷さんの手の平の上だったことを、この直後に思い知ることになる。


「あれ?」

 合理的なルート取りで、土巨人を避けたルシュフの足元には、いつの間にか地面が無い。


「!??」

 彼の現在地点は、件の穴の真上である。


 古典的アニメのように空中で手足をバタつかせるルシュフだったが、


「ひゃあああああ!?」


 重力に抗える訳もなく、そのまま真っ逆さまに穴に落ちていった。


「ル、ルシュフ! 今行くぞ!」


 あの愛らしさが失われては、世界の損失。


 漆黒の闇を内包した穴へと、俺もつづいて身を躍らせるのであった。

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