第34話 バトル5

「で、でかい」


 地響きを立てて迫る土巨人からは、実サイズ以上の迫力が感じられる。


(や、やるんだ。やらなくちゃいけないんだ)


 見習いとはいえ、俺は白魔封士。


 役目を任された以上、是が非でも、遂行しなくてはならない。


(気合いだ! 根性だっ!)


 らしからぬ、体育会のノリを持ち出す俺だったが、正直、効果のほどは怪しい。


 本質的にそういうものを持ち合わせていない人間が、いかにメッキを張ろうとも、わずかな衝撃で地金が露出する。


 今回はその好例であった。


 ズシン


 大木のような足が、俺のすぐ傍に降ろされた。


 その一歩は、これまでの一歩とは明らかに異質である。


 移動のためではなく、攻撃のための踏み込み。


 下半身の動きと連動して、岩塊にも似た巨大な拳が、空高く持ち上がる。


 灰色の太陽を横切って、岩の拳が急降下。


 上空から降って来る巨拳に、俺は隕石の落下を重ね合わせる。


 轟音と共に、岩の拳骨げんこつが地表に着弾する。


「う、うわあああ」


 ぎりぎりで回避を成功させた俺だったが、爆風にも似た衝撃に身体を揺らされ、お尻から地面に落ちる。


「あ、ああ……」


 俺がさっきまでいたところには、本当に隕石でも落ちたようなクレーターが広がる。


「ゴアアアアアアッ」


 自分の力を誇示するように、両腕を天に突かせて、土巨人が吼えた。


「ひ、ひえええ」


 地面を這うように逃げ出した俺は、敵に背を向けることに、もはやためらいがない。


「こら、敵前逃亡は魔封士の世界でも重罪だぞ」


 ルシュフが安全な立木の上から、俺を𠮟りつける。


 俺はその木の幹に、しがみついた。


「こ、こら、何をする?」


「バ、バトンタッチだ。ルシュフ。あれはとても俺の手に負えない」


「タ、タッチは拒否する。さっきも言ったろ、俺の雷属性は、土でできたアイツとは相性が悪すぎるんだ」


「お、俺だって似たようなもんだ。剣のバリエーションが三つだけで、あんなのにどうやって勝てって……、うわあ!?」


「な、ななな!?」


 土巨人が全速力でこちらに突っ込んでくる。


 俺はかろうじて難を逃れたが、タックルをもろに受けた立ち木は、真っ二つにへし折れた。


「うわわあわあ!?」


 ルシュフは、木の上半分と一緒に地面に落っこちる。


 土巨人は、執拗に俺を追いかけてきた。


「ひええええ」


 こうして鬼ごっこをしていると、最初に迷夢宮に迷い込んだ日のことが思いだされる。


(ああ、あれだけ修行したのに、俺はちっとも成長できてない……)


 自分自身に対する、絶望的な想いが胸を満たす。


「天屋君、なにをやっている」


 十体の土巨人と立ち回りながら、九谷さんが俺に檄を飛ばす。


「む、無理です。俺にはとてもできませんでした。ご、ごめんなさい」


 あまりに情けない自分の言葉に、涙がこぼれそうになる。


「落ち着け。まずは深呼吸だ。深く深く、肺の中に酸素を染み込ませろ。それだけで目の前の景色はがらりと変わる」


 九谷さんは、敵の拳を華麗にさばきながら、俺にアドバイスを与え、さらには反撃まで行っていた。


 一見しただけでは、九谷さんの超人技ばかりが際立つ。


 しかし、それは目の前で起きていることの本質ではない。


「!?」


 最後尾の土巨人が、行列待ちに焦れたのか、俺に向かって進路を変えようとする。


「せいっ!」


 九谷さんが、それに素早く反応した。


 目の前の土巨人に痛打を浴びせた直後、高々と跳躍して、俺に向かおうとした個体の進路を塞ぐ。


 言うまでもなく、無理で無謀な動作である。


 敵に隙をさらすのは避けられない。


「ぐぅっ!」


 土巨人の巨拳が九谷さんの顔をかすめ、頬に血をにじませた。


「く、九谷さん!」


 彼女は最初からずっとこの調子だったのだろう。


 敵集団を相手取りながら、たった一体に手こずる俺への配慮も怠らない。


 その結果、自分が傷を負うことになろうとも。


「う、ううう……」


 こんなものを見せられてしまっては、ヒトとして、何も感じないわけにはいかなかった。


(俺も九谷さんのために何かしたい)


 今度湧き上がった感情は、俺が本質的に持ち合わせているものと合致した。


 強い決意を持って、再び土巨人と向かい合う。


 かと言って、簡単に自体が好転するほど、現実は易しくはない。


「うわっ! ひ、ひえ!?」


 土巨人に正対できたというだけで、俺のやっていることは、結局無様な回避運動だけだ。


「落ち着くんだ、天屋」


 ルシュフが大声を上げる。


「いつもの調子で行け! 修行中はもっといい動きができていただろう!」


「命がけの本番で、練習通りの動きなんてできるもんか!」


 それができるのは、緊張を楽しめる天才だけである。


「相手の動きをよく見ろって、全然大したことない相手だぞ」


「だったら君がやれよ! そんな遠くの木に登りやがって」


 ルシュフは、さっきの出来事を教訓にしたのか、俺から大分離れた位置にいる。


「こ、これはたまたまだ! この木が登りやすかっただけ」


「そんな言い訳が通ると思っているのか!」


 言い訳はもっとひねろ! いいかげんな嘘と言うのが、一番人を苛立たせるんだ。


「こ、こないだの三小の迷夢宮では、一人で大立ち回りをしたんだろう。あのトリカゴドリまで倒したとか」


「あの時と今じゃあ事情が違う」


 あの時は、志童の命が心配で、実力以上のものが出ていた。


「今だって、友達が遭難しているんだろ」


「有人のことは、実はそんなに心配してないんだよ。あいつにはちょっとした才能と言うか、能力があるからさ」


 むしろあいつが、自分の『悪癖』を発動させないかの方が、不安でならない。


「能力? 悪癖?」


 あいつのことを何も知らないルシュフが、怪訝な顔つきになるのは当然である。


 この話を正確に理解してもらうには、コーヒー五杯分くらいをお供に、ゆっくり説明をしなければならない。


「それにしても、余裕だな、天屋」


「余裕だって! からかっているのか? 俺は死の一歩手前にいるんだぞ」


 敵の攻撃をかわしながら、ルシュフに言い返す。


「いやだってさ、俺と口論する片手間に、敵の攻撃を避けているじゃないか」


「……あれ?」


 その事実に今やっと気づいた。


「ゴオオオ!」


 怒りに震える感じで、土巨人が拳を振りかぶった。


 また同じモーション。


(『また』?)


 タイミング、角度、スピード。


 全てがいつも通りで、俺は当然のように、攻撃をかわせた。


「……あれ?」


 次の攻撃もまったく同じ。


 右拳が左拳になっただけ。


 さっきよりも余裕をもって回避。


「あれあれ?」


 相手の攻撃が手に取る様に読める。


(も、もしかして、パワーは凄いけど、一本調子なのか?)


 そうなのだ。


 敵の武器は両拳のみで、しかも最大攻撃の振り下ろししか選択してこない。


 短い脚は自重を支えるのに精いっぱいで、蹴り技なんて放とうとするものなら、たちまち横転してしまうだろう。


(……もしかしてこいつ、思うほど強くない?)


「天屋が前に倒したトリカゴドリより、そいつは格下にカテゴリされているよ」


「い、言われてみれば、確かに」


 あの怪鳥のスピード、飛翔能力、攻撃の豊富さ。


 どうひいき目に見ても、パワー一辺倒のこいつよりはるかに強敵だった。


「ゴオッ」


 攻撃が一向に当たらない土巨人が、さらに力を込めだす。


 そうすると、攻撃力は上がるが、かえってスピードと正確さは失われる。


 俺に隙を献上したに等しい行いだった。


「今っ!」


 巨拳が振り下ろされた瞬間、一気に前に出て、抜き胴を決める。


 かつて、リザードマンの胸を裂いた自慢の攻撃だったが、その自信は粉々に打ち砕かれてしまった。


「ぐ、ぐう!?」


 手の内に走った激しい衝撃に、危うく柄を取り落すところだった。


(か、硬い!?)


 渾身の踏み込みから放たれた一撃は、敵の表面にかすかな切り傷をつけただけであった。


「ゴアアッ」


 こちらの反撃など気にもしない様子りで、土巨人が攻めてくる。


(さっきの俺が思うほど強くはない。かといって、今の俺が思うほど弱くもない)


 冷静に、再度敵戦力を分析する必要を感じた。


 攻撃力は文句なしにA。スピードはC。テクニックはC。防御力は……Bといったところだろうな。


 いかに圧縮したとはいえ、もとがただの土である以上は、硬度に限界がある。


 それを打ち破ることができないのは、むしろ俺に非があった。


(俺の攻撃力はCだからなあ……)


 いかにしんで身体能力を強化したとはいえ、ただの剣を振り回すだけでは、高攻撃力は望むべくもない。


(九谷さんみたいに莫大な精があれば。もしくは、美月みたいに強力な攻撃魔法が使えたらいいのに……)


 まあ、これらは所詮愚痴である。


 今、目の前にある窮地には、今ある自分で立ち向かうしかない。


 幸い、俺には攻撃力は無いが、いい言葉を一つ知っている。


『困難は分割せよ』


(三つくらいに分ければ何とかなるかな?)


 戦力分析と作戦立案を終えた俺に、再び土巨人の巨大拳が迫る。


「ゴオア!」


 しかし、敵の攻撃の呼吸は、もはや完全に把握している。


 俺はたやすく敵の懐に飛び込んだ。


「でい! でえい! でええい!」


 土巨人の広い懐の中で暴れまわる。


 敵の胸部にみるみる傷がついていく。


 しかし、俺がいかに気合を込めようとも、俺の細腕では、敵に痛打を与えることはできやしない。


「ゴオオオ!」


 敵は何ら意に介する様子もなく、再び攻撃動作に入る。


 俺は再びそれを避ける。


 また、懐に入る。


 胸を切り刻む。


 このサイクルを約四回。


 敵の胸の中央付近に、俺は十字の刻印を刻むことに成功していた。


「む? ちょうど魔法核の位置だな」


 ルシュフの言う通りだ。


 ゴーレム種の幻魔獣が、共通の弱点を持っていることを、俺はすでに本の知識として得ている。


 胸部中央に必ず位置する魔法核。


 厳密には弱点と言うより、それがゴーレムの本体なのだ。


 魔法核は誕生と同時に、本能に従って周囲のものを採りこむ。


 それを材料に、自身の五体を構成させたのが、ゴーレム種の幻魔獣と呼ばれるものだ。


 ちなみに、俺の目の前にいるのは、土と石を固めた最弱の個体であり、ダイヤモ

ンドのみで構成された個体が、今現在最強と言われている。


(つづいて、第二段階)


 一旦、土巨人から距離を取る。


「ゴオオオ」


 当然、俺を追いかけてくる敵個体。


「でえいっ!」


 その出足を狙って、ローキックさながらに剣を低く振るう。だが――、


「い、痛ぃぃぃぃ!」


 柄を握った手にまたも走る、痺れにも似た痛み。


 まるでダメだった。


 押し気味の一撃で敵を転倒させたかったのだが、相手の体重がでかすぎてビクともしない。


「天屋! そういう時は、『カーペットを引け』と教えただろう」


「カーペット? ……ああ、あれか」


 そう言えば教わっていた。


 教えてくれたのは、ルシュフじゃなくて九谷さんだけど。


 重量級の幻魔獣との戦い方のコツ。


「ゴアッ!」


 土巨人が迫る。


 敵の攻撃を回避しながら、再度間合いを広げる。


 再度追いかけてくる土巨人。


 その足の軌道をじっと見つめる。


 宙に浮いた足が、なだらかな曲線を描いて、地面に着――


「でえい!」


 ここで剣を払う。


 刀身が、地面に着く寸前の、敵の足裏に滑り込んだ。


 赤剣が足裏に触れたと同時に、思い切り柄を引き寄せる。


「ゴ、ゴゴッ?!」


 こうすることで、足元のカーペットを引かれた効果を、敵に及ぼせる。


 本来は俺などには使いこなせない高等技術なのだが、この鈍重な土巨人には、どうにか決めることが出来た。


「オオオッ」


 土ぼこりを巻き上げて、土巨人があおむけに転倒する。


(これで、ラスト!)


 俺は、敵の膝を踏み台にして、大きく真上に跳躍。


「【エナジー・ソード2.0】」


 手にした剣は、刃長も幅も二倍になり、重量はそれ以上になる。


 俺は、とりうる限界の高度から、切っ先を下にして一気に降下した。


「でええええい!」


 足を鍔の上に乗せて、全体重をかける。


 降下目標は、魔法核の真上。


 目印はすでに彫ってあるし、それはガイドにもなる。


『強度の高いものを貫くときは、あらかじめガイドとなる小さな窪みを作っておくんだ。そうすれば、的にもなるし、本命の刃物が表面で滑ることもない』


 志童から聞いたこの話は、本来金属加工のことだったかな?


 十字の中心に触れた切っ先には、俺の全体重と剣自体の重みに、重力による加速がかけ算されている。


 それは、おそらくギリギリのところで、敵の耐久値を超えた。


 敵胸部に深々と潜り込む巨大剣。


「ゴギャアアアアアア!!」


 俺の手に、切っ先でガラス玉を割ったような、異質な手ごたえが伝わる。


 土巨人の全身から力が失われ、五体がゆっくりと崩れ去っていくのだった。


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