第28話 第2回
デザインと機能性を両立させた新式のログハウスは、木製とは思われな快適さで、歓談する少年少女たちを包み込んでいた。
グラス片手に、とりとめのない話題でもりやがる彼ら彼女ら。
「きゃっ!! 村上君!?」
イケメン男子の指先が、ふとした拍子に、傍の女子の、露出した肩先に触れる。
「あ、ご、ごめん」
イケメンの狼狽ぶりを見るに、故意のタッチではなかったようである。
「ほ、本当にごめんなさい」
ひるんだ様子で、女子から離れようとする、イケメンこと村上。
「おいおい、逃げるなよ。村上」
それを押しとどめたのは、村上の隣にいた、日に焼けたスポーツマンである。
「ごめんなさいね、笹村さん。今のはわざとじゃないんだ」
スポーツマンが、爽やかに笑いながら言う。
「だ、大丈夫。分かってるから」
「いや、でも、案外わざとだったりするのかな?」
「え?」
「なんせ、村上の奴は、中学校時代からずっと、笹村さんに片想いしてるからね」
「お、おい、杉下!」
イケメン村上は、激しく狼狽しながら、杉下とかいうスポーツマンを睨みつける。
「いいじゃん。こういう機会に言っておかないとさ。お前は高校卒業までずっと思いを秘めておきそうだ」
「う、そ、それは……」
「え? え?」
急展開する事態に、笹村さんと言うらしい美少女が、目を白黒させる。
「いいじゃん、サッチー。村上君のことカッコイイって言ってたし」
笹村さんの周りの女子も、事態に介入しだす。
「で、でも……」
「ほれ、村上。男だろ」
スポーツマン杉下に押し出されたイケメン村上が、意を決した顔になる。
「さ、笹村さん。ちゅ、中二にはじめて同じクラスになった時からずっと好きでした。ど、どうか俺と付き合ってください」
赤面させた顔を、深々とうつむけて、利き手を差し出す。
「あ、あの……、その……」
頬を紅潮させた、笹村さんが、おろおろと周囲を見回す。
「周りなんて気にするなって、サッチー。自分の気持ちに正直になるだけでいいの。村上君と付き合ってみたかったら、手を握る。その気が無ければ、ごめんなさい。誰も怒りやしないからさ」
やがて、戸惑うばかりだった彼女の瞳に、意思の光が宿った。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、イケメン村上の指先を、そっと握る。
「おめでとう、村上」
「やったね、サッチー」
歓声と拍手の音に満たされる、ログハウス内。
しかし、この中でただ一人、祝福の輪に加わらない男子がいた。
(へえへえ、おめでたいこって)
何を隠そう、この俺、天屋良星である。
好感の持てる男女が、新たな門出を切ったこと自体は、もちろん喜ばしい。
主催者の威信をかけた、第二回肝試し大会が順調な滑り出しを迎えたことも、悪いはずがない。
(しかしなあ。俺の立場がなあ)
一年生の人気者ばかりが集ったイベントにおいて、凡庸を絵に描いた俺は、完全な壁の花と化していた。
いや、壁の花ならまだマシな方である。
「ちょっと、君。ジュースが切れてるんだけど」
派手な格好をした女子が、気の利かないウェイターに接する物腰で、俺に空のグラスを向ける。
(こ、こいつ。弱めに一発引っぱたいてやろうかな?)
言うまでもなく、そのような度胸を持ち合わせていない俺は、
「はいはい、ただいま」
と、平身低頭しながら、冷蔵庫から冷えた飲み物を持ってくるのである。
「あ、こっちもジュースが欲しい」
「お菓子はないのかな?」
「カラオケってどう使うの?」
無遠慮に俺をこき使う美男美女どもに、内心憤慨しつつも、
「はいはい、お待たせしてすみません」
習い性の事なかれ主義が災いし、俺は卑屈にてきぱきと動くのである。
「えー、ウソだって、絶対」
「マジマジ。俺はウソなんて生まれてこの方ついたことがないからさ」
「もう、それが絶対ウソじゃん。調子いいんだから」
藤原有人は、キレイどころの女子数名に囲まれて、楽しく談笑を繰り広げている。
(クソ、あいつは相変わらず、こういう場に馴染むのが上手い)
元々、顔もいいし、スタイルも上々。話も上手い。
本当なら、俺や志童と共に、教室の隅に追いやられるのが、おかしい逸材なのである。
当然、世の中の全てに理由がある以上は、奴がそのような立場に甘んじているのにも訳はあった。
藤原有人には致命的な悪癖があるのである。
それは――
「ちょっと、あんた。ジュースの氷は球形でって頼んだじゃない!」
どうやら、今日の俺には物思いにふける暇も与えられていないようである。
「すみません。こちらの手違いでした」
俺の名前も覚えていない女子に、ペコペコと頭を下げる。
その状況が、若干の自由時間を挟んで、午前十時から八時間つづいた。
昼飯、夕飯のセッティングから後片付け、掃除洗濯、トイレットペーパーの交換から、何やら何まで。
(お、俺は何をやってるんだ?)
本来なら時給をもらってもおかしくない作業量である。
しかし、お金を受け取るどころか、俺は千円を支払って、この作業を引き受けている。
(バカバカしい。ああ、まったくバカバカしい)
日本社会の二極化を嘆きながら、俺はログハウスの外で、夕食に用いたバーベキューセットの金網をゴシゴシと水洗いしていた。
「さあ、みなさん、お腹はいっぱいになりましたか? いよいよ、イベントの本番、第二回肝試しを行います」
宮嶋さんが、マイクの声で、そう宣言した。
機械に増幅された大音量に負けない歓声を、参加者たちは上げる。
「じゃあ、まずはコースの説明を。このキャンプ場の東面に隣接する
俺の頬に、冷たいものが触れた。
ポツ、ポツ
上空から冷たい水滴が降り注ぎだす。
はじめは、ささやかな滴りにすぎなかったそれは、地球規模の環境問題を象徴するように、あっという間に滝の様相に成り代わった。
ゴオオオオオオ
「うわあああ」
「きゃああああ」
突然のゲリラ豪雨に、みんな身一つで、ログハウスに駆け込む。
「ええい、誰か手伝え、こんちくしょう」
レンタルのバーベキュー一式の中には、濡らしたら不味いものも含まれる。
(クソ。宮嶋ハッピーイベントの企画には、絶対に二度と参加しないぞ)
そう誓いながら、重たいバーベキューの道具を、一人、ログハウスへと運び込むのだった
●○●
「雨、止まないね」
美少女の笹村さんが、イケメン村上と肩寄せ合いながら、落胆した声を上げた。
「ま、まったく泣きたい気分だ。せっかく笹村さんと付き合うことができたのに、その記念すべき日にこんなことになるだなんて」
村上は、ちょっとカッコつけたセリフを、緊張がちに口にしていた。
(バカめ。泣きたいのはこっちだっつうの)
できたてホヤホヤのカップルに、内心そう毒づくほど、俺の心は荒み切っていた。
全身ずぶ濡れになっての重労働に、誰からも労いをいただけどころか、一瞥もない。
全員、窓の外の雨景色を残念そうに見ている。
「こりゃあ、肝試しはできそうにないな……」
カップルとは逆方向から、有人の声が聞こえた。
「うん……」
どうも、宮嶋圭と今後について話し合っているようである。
「がっかりするなよ。みんな十分楽しんでいたじゃないか。この後だって、ボードゲームやらテレビゲームで、一晩中遊べばいいだけだろう」
「それはそうなんだけどね。あーあ、せっかくなら最後までイベントをやり遂げたかったなあ。この日のために、あれだけ頑張って準備したのに」
無念さをにじませながら、宮嶋さんが言う。
「なあに、次の機会があるさ。俺は、宮嶋さんのためなら、いつだって身を粉にするつもりでいるから」
有人は、あいかわらず、調子のいいことを言ってる。
「ふふ、期待してる」
有人と宮嶋さんは、そのままちょっといい雰囲気で見つめ合う。
「でも、それはそうとしても、ちょっと問題が残っているのよね」
「何のことだ?」
「肝試しの道具。ほら、森の中に色々な機器をセットしたじゃない。チェックポイントの人感センサーとか」
「あ、あー、言われてみれば。あれは確かにマズイな」
有人がちらりと、窓の外を見た。
「こ、この雨の中出ていくのはちょっと勘弁だな。回収は明日の朝一にしないか? あれって確か防水だし」
「防水だって限界はあるわ。この雨の強さだと、とても駄目よ」
「うーん、それじゃあ……。あ、そうだ。いいこと考えた」
と、有人は、俺に視線を送る。
「本日の小間使いの天屋良星君にさ、ぜひ森の中のカメラとセンサーを取ってきて……、ひいぃ!!」
俺の眼から照射された殺意を、有人は鋭敏に感じ取ってくれたようである。
(よかった。人を殺めずにすんだ)
あのセリフを最後まで言われていたら、今日一日中たまりにたまったフラストレーションを、最悪の形で彼にぶつけていただろう。
「ダメよ。天屋君は参加者なんだからね。こういうのは、主催者側がやるものなの」
「ちぇっ……」
そう言うと、二人は厚手のレインコートを着込みだした。
ログハウスの扉を開けると、雨音が一層鮮明になり、全員がそちらを注視する。
「すぐ戻って来るから。みんなは楽しんでいてね」
そう言い残して、二人の姿は、雨の中へと消えていく。
「だ、大丈夫かしら。こんな大雨の中を」
「何。このくらい、どうってことないさ。藤原の奴がおかしな気を起こして、宮嶋さんに襲いかかったりしなければ、すぐに戻って来るだろう。あははは」
軽口をたたける余裕が、この頃のみんなにはあった。
しかし、雨足は、楽観論に背いて、どんどんと勢いを強めていく。
ゴロゴロゴロ
雨音に雷鳴が混じりはじめ、強烈な稲光が、窓の外を照らしだす。
「……」
「……」
深刻化する状況を皆が感じ取り、静寂が場を支配しだす。
何人かが宮嶋さんのスマホに電話をかけるが、一向に相手からの反応はなかった。
「だ、誰かが迎えに行った方がいいんじゃあ?」
笹村さんがおずおず提案した。
「だ、誰かって?」
やや強めの口調で聞き返されると、笹村さんは、顔を青くしてうつむいてしまう。
「さ、笹村さんをにらむことないだろ!」
村上が慌てて彼女を庇う。
「わ、悪い、そんなつもりじゃ。……だ、だけど」
この男子の言いたいことは、この場の全員が分かっていただろう。
救出に向かった方がいいかもしれない。でも、この雨では、救出に向かった奴まで二重遭難する恐れがある。
全員の視線が、危険な任務を引き受けてくれる英雄を求めて、ちらちらとさ迷う。
(そういや、腹が減ったな)
昼食も夕食も、準備と後片付けに忙殺されて、俺はまともに食せていない。
緊張感漂う空気もさておき、冷蔵庫に近づく。
(お、ラッキー)
昼食の食べ残しの高級ハムが、一切れ残っていた。
残飯を漁る俺には、いつしか全員の視線が後頭部に集中していたことなんて、まったく気づけやしなかった。
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