第27話 週末の予定


「お前、バカじゃねえの?」

「……」


 藤原有人バカにバカと言われるほど、屈辱的な出来事はない。


 しかし、今の俺には言い返す気力すらなかった。


 この場にいない倉木志童に代わって、机の上に寝そべるのが、関の山の反応である。


「いやいや、とても気付けるわけがないって」


 元々腹を立てている人が、怒った演技をするなんて、演劇上の反則行為ではないだろうか?


 それに『解体屋ジョージ』とか、ウソのクオリティも無駄に高かった。


「九谷さんにも、困ったものだよ。頭のいい人が嘘を考えると、こうも面倒とは」


 ギロリ


 俺が彼女の名前を出すと、教室の前部に座っていた当人が、鋭い視線を送ってきた。


「ひえっ!」


 俺は中身を整理中の鞄を盾にして、その視線を遮る。


 鞄の中につめられていた教科書が、バサバサと音を立てて、床にこぼれた。


「ふん!」


 俺にそっぽを向いて、九谷さんは、放課後の教室を立ち去っていく。


「ああ。ちょっと待ってったら。九谷さん」

(おや?)


 クラスの人気者の一人、宮嶋圭が、慌ててその後を追った。


 教科書を拾い上げる俺と、

「それで、九谷さんは、一週間経っても、未だご機嫌ナナメと。まあ、当然だけどな」

 それを手伝う素振りもみせない有人。


「あ、ああ。白魔封士としての修行中は普通に接してくれるんだけどな。修行が終わってプライベートの時間になると、もう目も合わせてくれない」

「それ、一番怖いタイプの怒り方じゃないか」


 有人が体をわずかに震わせる。


「だから、困ってるんだよ。俺に非があるのは確かなんだけど、どうにか、九谷さんと和解できないかと……」

「ふふふ、そんな良星に、俺が素晴らしいニュースを届けてあげよう」


 この時の俺がどんな顔をしていたか、俺自身には知る由もない。


 ただ、「そ、そこまで毛嫌いしなくたっていいじゃないか」、と、有人が半べそになったあたり、相当に嫌悪感を表現していたようである。


 しかし、俺に謝罪の意思はない。


「君のいい話ってのがさ、俺に何か幸せを運んできたことがあったか?」


 最近はありとあらゆるデマを耳に吹き込み、ひと月前の三小肝試しに至っては、あの顛末である。


「あれは俺の責任じゃないよ。迷夢宮なんてトンデモな案件、予測できるわけもない」

「いやいや、あのイベントは、俺以外にとっても大失敗だったじゃないか」


 他の奴らも、警察からいわれのないお説教を受けたんだろう。


「おお、シンクロニシティ!」

「はあ?」

「いやね。ちょうど、その話をしたかったんだよ」


 有人が言うにはこういうことらしい。


 あの三小の肝試しの歴史的失敗で、イベンターとして有能との評価を得ていた宮嶋圭が、かなり評判を落としたという。彼女はそのことをえらく気に病んでいるのだとか。


「いやいや、それは言う方がどうかしているだろう。あの事件をあらかじめ予見できる人間なんているわけがない」

「しかし、圭は……、いや、宮嶋さんはプライドが高いからな。その雑音を随分と気にしてしまってね。今回、一念発起して名誉挽回の機会を設けたわけだ」


 それが、『第二回肝試し大会』なるものだという。


「……すげえ、嫌な予感がするんだけど」


 前回と同じ轍を踏む気がして仕方ない。


「今度は大丈夫。前の反省を活かして、今度はケチのつかない開催地を選んだ」


 第二回大会の会場は、隣町の瑠璃花町にある、紫陽原しょうはらキャンプ場だという。


「キャンプ場か。考えたな」


 きちんとした施設ならおかしな横やりが入る恐れはほぼない。


「しかも、そこは地元じゃかなりの恐怖スポットでもあるらしい」


 なんでも、そのキャンプ場は深い森に面していて、その森の中には、存在しないはずの花畑があるという。


「この世のものとも思われない、黒白モノクロの華が咲き乱れるそこに足を踏み入れたものは、二度とこの世には帰ってこれないという」

「お、脅かすなよ」


 根がビビりの俺は、有人の低品質の語り口でも、背筋がゾゾッとしてしまった。


「しかも、肝試しの他にも企画は用意してある。ログハウスを一つ貸し切って、バーベキューやらボードゲームをして、一晩中遊びまくる予定だ。あ、ちなみに男子は寝るときは外のテントだからな。おかしな期待はするなよ」

「だ、誰がするか!」


 口ではそう言いつつも、

(なかなか楽しそうじゃないか)

 俺の心の内では、その陽気なイベントへの興味が強まっていく。


「それはそうと、ログハウスとかバーベキューとか、参加費がお高いんじゃないのか?」

「ふふふ、一人たったの千円でご紹介をさせてもらっております」

「たったの!?」


 うっかり、テレビショッピングからスカウトが来かねない程の、よいリアクションをしてしまった。


「ははあ。お前やったな」

「な、なんのことだ?」


 有人が激しくうろたえだす。


「はいはい、いつものパターンね」

「い、いや。俺は純粋に圭の窮状を見かねてだ。いや、宮嶋さんの」

「別に責めやしないさ。お前が親の金とか権力をどう悪用しようが、それは俺にはまったく関係のない話で」


 おそらくは、そのキャンプ場自体、有人の父のグループの子会社である可能性が高い。


(クラスメイトの色香に迷って親の金をつぎ込むとか。相変わらず、どうしようもない奴だ)


 しかし、そんなどうしようもないところが面白くて、十年間も友達を続けたのだから、指摘するのも今更だ。


「お?」


 先ほど九谷さんを追った、当の宮嶋さんが、教室に戻って来る。


 ニコニコ顔の彼女は、指先で丸を作って、有人にかざした。


「イエイ」


 有人は、それに親指を立てて返事をする。


「どうやら、九谷さんは参加を了承してくれたようだな」

「マジか……」

「ちなみにこの豪華格安イベントに参加したいという奴は他のクラスにもいてな。今申し込まないと、明日には席がすべて埋まっている恐れがある」

「……」


 完全に術中にはまっていることは分かるが、一度魅力的と感じてしまったもの、否定しなおすのは難しい。


 それにそういう明るい雰囲気の中なら、九谷さんの機嫌を直すきっかけも、つかみやすいかも。


「……」


 俺は、なけなしの千円札を有人に手渡した。


「本日は宮嶋ハッピーイベントの企画にご参加いただき、誠にありがとうございます」


 そう言って、有人は、慇懃に頭を下げるのだった。


「しかしあれだな。もしかして、また迷夢宮がらみのおかしな事件が起こったりしてな」


 最後まで向こうのペースなのが、ちょっと癪で、軽い皮肉をかましてみる。


「おいおい、バカなことを言うなよ。あんな怪事件がそうそう起こってたまるか」

 有人はびくともしない様子で、さらにこう続けた。

「今の俺たちがするべき心配は、肝試しでいいところを見せすぎて、複数の女子に告白されたらどうしようということだけさ。あはははは」


 明るい未来を信じ切った顔で、有人は笑う。


 あまりに能天気な発言に、俺もつい頬を緩めた。



 ――人間に将来を予知する能力を与えなかったのは、神の英断であったと、俺は思う。


 ――自分の歩く先には無限の希望が広がっている。


 ――そう信じられるからこそ、俺たちはこうも幸せに笑うことができるのだ。


 ――たとえ、実際に待ち受けているものが、二度目の悪夢だったとしても……。



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