第7話 捜索は難航を極める

「ここだ。ここでその人と会ったんだ」


 俺と九谷さんとルシュフは、さっき佐久間と話していた地点に移動していた。


「ええと、佐久間はこっちの方から来ていたから、多分、そのルートを逆にたどって、隠れ家に戻ったと思う」


 俺の先導で、グループは歩き出した。


「ギシャアアア」


 道中、時折リザードマンの急襲を受けるも、

「ふん」

 九谷さんがこともなげに排除する。


 女子に守られているというのは情けないが、俺は迷夢宮内においてはじめて、安心感に包まれていた。


 探索をつづける。


 怯えた佐久間の行動半径は、けして大きくはないはず。


 彼と別れたところを中心に、円を描くように捜索活動は行わえば、いつかは手掛かりがつかめるのが道理である。


 しかし、何一つ発見のないまま、三十分が過ぎ去る。


「せえい!」

「ギエェェエエエエエ!」


 九谷さんが倒したリザードマンは、これでもう七匹目。


「おかしいぞ、二人とも」


 比較的安全なところで、緊急対策会議を開く。


「ああ。これほど長い時間捜索して、遭難者のいた形跡一つつかめないのは、ちょっと妙だ」


 ルシュフが顔をしかめさせる。


(ああ、思い悩む姿もまた愛らしい)

「おい、天屋。その佐久間とやらは、本当に隠れ家があると言っていたのか?」


 愛玩の対象に突然話しかけられ、不覚にもドギマギする。


「ま、間違いない。そこに身を潜めていたと言ってたんだ」

「その部分については、天屋君の記憶が正しいだろう。三日間も生存できていたことを考えると、無作為に歩き回っていたと考えるより、どこかに隠れていたと考える方が自然だからな」

「まあな。集団でうろちょろしていたら、幻魔獣の恰好の餌食だ」

「しかし、であるならば、隠れ家の手掛かりの一つや二つは見つかってしかるべきなのだが……」


 議論が振出しに戻ってしまった。


「隠れ家への入り口が、よほど手の込んだ仕掛けになっているのかもしれないな。とにかく、もう少し探してみるか」


 これといって成果もなく会議は終わり、そのままの態勢で捜索がつづく。


 そして、もう三十分、時間をただ浪費する。


 辺りを一周し、ちょうど先ほど会議をした地点に戻って来てしまった。


「いっそ、二手に分かれるという手もあるが」


 ルシュフの提案を、

「却下だ。リスクが高すぎる」

 と、九谷さんが取り合わない。


 しかし、俺が、

「俺はルシュフの意見に賛成だ。このままだとラチがあかない」

 と、ルシュフ案を支持する。


「しかし、天屋君」

「俺のことを考えて九谷さんが反対してくれたのは分かってる」

「う……」


 九谷さんが言葉に詰まる。


 二手に別れれば、必然的に俺を一対一で守る状況を強いられる。


 自分の身すら満足に守れない俺を、たった一人で護衛する難易度を知っているから、九谷さんはこうも反対してくれているのだ。


「でも、このままだと他の遭難者が取り返しのつかないことになるかもしれない」


 一応但し書きしておくと、この時の俺の心の内にあるものは、正義感という程輝いていない。


 他人の命の責任を負うなんてまっぴらごめんという、飾り映えしない感情である。


「……」


 九谷さんがしばし思案顔を浮かべる。


「分かった。二手に別れよう」

 と、不承不承決断した。


「ただし時間は一時間に限定する。それで何の手掛かりもつかめなければ、いったん外に出て増援の白魔封士を要請する」

「おいおい、いいのか? この街の担当はサキだろう。救援なんて要請した日には、後で『白連』のお偉いさんにどんな嫌味を言われるか」

「構わんさ。遭難者の命と私のプライド。白魔封士なら、どちらを優先すべきかは考えるまでもない」

「やれやれ。こういう時、『白』は面倒くさいな。いっそ『黒』になればいいのに」


 その発言に、九谷さんは、ルシュフを刺すような視線でにらむ。


「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」

「へいへい」


 ごほん、と九谷さんが咳払いして、「それでは捜索を再開する」

「りょーかい。で、天屋は俺が面倒をみればいいのか?」

「え!?」

「当然だ。それが適材適所というやつだろう」

「ち、ちょっと」

「ではまた一時間後に。よい報告を期待する」


 そう言うや否や、九谷さんは小走りにいなくなる。

 銀色の霧があっというまに彼女の姿を、ただの人影に変えてしまった。


「ああ、行っちゃった……」


 俺は彼女の消えた先を、未練がましく見つめていた。


「さ、こっちも行くぞ。なんだ、その不安げな顔は。大丈夫だ。俺がいるだろう」


 その台詞は俺に、なんの安心ももたらしてはくれなかった。


 濃霧よりも濃い不安に包まれ、俺はルシュフと並んで歩く。


(く、九谷さんが一緒なら安心していられてけど)


 神経を尖らせ、しきりに周囲を警戒する。


「君、なんだい。サキがいなくなったとたんにキョロキョロしだして。まさか、俺のことを頼りにならなさそうだ、なんて思ってやしないだろうな?」

「そ、そんなことありませんよ。な、なにをおっしゃるのやら」

「……まあいい。俺の実力はすぐに分かるんだからな」


 フラグとしか思われぬその発言に、俺は戦慄した。


 そして、フラグ回収はあっという間に行われる。


「ギイイイ」

「ギヤヤヤ」


 細い通路を歩いていた俺たちの、前と後ろを、リザードマンに挟み込まれる。


(ヤ、ヤバイ!)


 手斧装備の個体と、片手剣装備のもう一体が、前後から突撃をかけてくる。


 九谷さんでも、少し難易度の高いシチュエーション。


 絶望に、俺の視界が暗くなりかけたその瞬間。


「うわああ!」

「「ギエエエエ!」」


 強烈な閃光が、視界で膨れ上がり、闇のどん帳を押し戻した。


「い、今のは一体」


 まだ目がチカチカしている。


「こ、これは……?」


 光がちらつく視界に映ったもの。


 それは全身が黒く焼けただれた、リザードマン二体の亡骸であった。

 

 バチバチという音がずっとしていたことに、俺はようやく気付く。


 ルシュフの背中のハリが逆立ち、その間を光糸が通るたび、その激しい音は鳴っていた。


「ま、まさか、稲妻!?」

「その通りだ。見ての通り俺は、雷を多少コントロールすることができる」


 そう、自信満々に、胸を反らした。


「い、いやいや。そんなこと無理だって」


 俺は問題発言をしたルシュフをたしなめる。


 あの雷である。


 地球上でもトップクラスの自然現象だ。


 その圧倒的エネルギー量は、子供でも容易に想像がつく。


(それをこの小動物が?)


 どう考えたって、リザードマン二体を感電死させるほどの電力を、この小さな身体が起こせる訳がない。


「ふん。やっぱり俺のことを信用してなかったな」

「い、いや、それは、その……」

「それに魔法というものについて、現代科学の範ちゅうで考えてもいるな。残念だが、そんなことをしても全く意味はない。魔法のテクノロジーは、21世紀の科学のはるか先を進んでいるんだから」


 ルシュフは、キュートな鼻を高々と持ち上げた。


「そう言われたって、すぐには納得できやしないよ」


 十六年間、イヤイヤながらも勉強した知識を、そう簡単には全否定できない。


「仕方ないな。『シン』というものについて、俺が、簡単な講義をしてやろう。ありがたく思え」


 ルシュフがいきなり教師口調になり、「おほん」と、偉そうに咳払いした。


(なんだ、いきなり上から目線で?)


 しかし、どれほど憎まれ口を叩かれても、その見た目によってマイナスは相殺されてしまう。


「『シン』とは、悪魔や魔封士たちの力の源だ。漢字で書くと『精』」

「精とシン。セイシン。……精神!」

「おお、ご名答。そう、精というエネルギーは生命体の心から生み出される」

「じ、じゃあなんだい? 今の君の電撃も、さっきの九谷さんの超腕力も、全部精神力を起源にしているっていうのか?」


 それは俺が学校で学んできた内容と、あまりにもかけ離れている。


 第一、 心なんてものは、頼りなくて、儚くて、うつろいやすい。


 それを美しいと感じる人もいるだろうけど、弱弱しいという印象は取り除けない。


「それはとんでもない誤解だ。まあ、お前に限らず、現代科学に浸った奴ら全員のしている勘違いだがね。生命体の精神的活動こそ、この地球上における、もっとも壮大な自然現象なんだ」

「そ、そうは言われても……」


 自分の胸の内で起こる、恐怖、怒り、喜び。


 これらは脳内におけるほんのささやかな化学変化に過ぎないはずだ。


 火山や津波のような大規模現象と並び称するには、抵抗を感じる。


「心と脳は分けて考えてくれ。脳なんてものは、心と肉体を結びつける、ただの仲介装置に過ぎない」

「むむむ」


 正直言って、簡単には頷けない内容である。


 俺が顔を強張らせていると、

「ほれ、あれを見てみろ」

 と、ルシュフがリザードマンの死体を指さす。


「あれって……、銀色の霧のことか?」


 彼らの身体は、いつの間にか霧への変化がはじまっていた。装備品も同時に霧へと還元されていく。


「あの銀霧の正式名称は『精霧』という。その名の通り、精を多量に含んだ霧状の微粒子だ」

「シンム。……そう言えば九谷さんが……」


 この迷夢宮は『想遺物』が生み出している、とか言ってたっけ。


「そうだ。想遺物とは死者の想いがこもった物体。それが精霧の発生源となっている。つまり、この巨大迷宮もあの怪物どもも、たった一人の死者の心の内から生れ出でたものなんだ」

「……」

「まだ信じられないか?」

「正直に言って、けっこう疑っている」


 ルシュフを嘘つきとは思っていないが、それと、心底納得できるというのは、別の話だ。


「頭の固い人間だなあ。その若さでそんなに柔軟性を欠くと、後々の人生で苦労するぞ」


 ルシュフが、諭すような口を利く。


 さすがにちょっとカチンときた。


「その容貌で言うかい? どう見たって、君は俺より年下じゃないか」

「こら、人間。心外なことを言うな。この誇り高き悪魔、ルシュフ。今年で満七歳の人生大ベテランだ」

「全然子供じゃないか。ていうか、俺の半分も生きてなかったのか」

「人生は長さじゃない。経験だ。悪魔の濃密な一年は、人間の十年分に匹敵するんだ」

「何を言うやら。人生の苦労とは、ほど遠い見た目をしておいて」


 きっと悪魔の世界でも、皆の寵愛を、ほしいままに集めていたに違いない。


「俺の外見をイジるんじゃない。俺がこの姿かたちのせいで、どれほどの辛酸をなめたかも知らずに」

「なめたのは辛酸じゃなくて、甘ったるい蜂蜜じゃないのか?」

「お前!」


 俺とルシュフのどうでもいい口喧嘩はつづく。


 もしこの間に、遭難者たちに取り返しのつかないことが起こっていたら、怨念を抱えた彼らが、俺たちの枕元に立つのは必至であった。

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