第37話暗黒騎士さんと兄

 


 辿り着いた。


 目の前に広がるのは、かつては絢爛であったであろうそこ。


 赤い絨毯の先には、玉座であっただろう場所があった。けれど、そこに座るべき人物はいないのだろう。


 そうとでも言いたげに砕かれていた。


 恐らくは謁見の間。


 その中央で、二人の騎士が対峙している。




 魔剣・ザッハークを構えるのは兄であるイブリース。


 こちらに背を向けるのは暗黒騎士さんが道を歩く途中で出会った騎士・リーゼリット。




 その二人が対峙している。




 イブリースの持つ魔剣が闇に包まれる。


 必殺の一撃であるそれは、リーゼリットを間違いなく死滅させる。


 絶死の闇を、暗黒属性に耐性のない彼女が受けられると、暗黒騎士さんは信じない。




 だから足が動いた。


 考えるよりも先に、剣を執る。




 地面を蹴りつける。


 推進する。


 猶予はすでに一刻もなかった。


 まるで爆発音のようなけたたましい音が響く。


 一瞬、イブリースの視線が逸れ、しかしそれでも必殺の暗黒はリーゼリットへと降り注ぐ。




 けれどもそれより速く、暗黒騎士さんは間に合ったのだ。




 けたたましい轟音が響く。




「――――ッ!!!!」




 暗黒騎士さんは自身の腕が軋むのがわかる。


 抜き身の剣に、支える腕に、衝撃が奔る。全身が痛み、裂傷が再び口を開ける。


 血飛沫が飛び、それでも暗黒騎士さんはその手を離さない。


 一度、受けたそれは、その威力を落とさないままに、暗黒騎士さんを襲う。




 痛くて痛くて、叫び出しそうになるのを、歯を食いしばって我慢する。


 泣き出したくても、それをしてしまうのは騎士ではない気がするから。




「誰だっ!?」




 リーゼリットの声が背中から聞こえる。


 けれど、それに返事をする余裕はないのだ。




 噛み締めた歯よ、折れろと言わんばかりに力を込める。


 全身の痛みは途切れることはない。




 鎧が軋む、身体が軋む。鎧の隙間から流れた血液が地面にぽたぽたと水溜まりを作り出す。




 早く終われ、と暗黒騎士さんは願う。




 ――永劫とも思われた暗黒の奔流は、それ程長くは続かなかった。




 気が付けば、辺りは静寂に包まれていた。




 ぴし、と暗黒騎士さんの兜にヒビが生まれ、砕け散る。長い黒髪が見えて、ようやくリーゼリットはその正体に気づいた。




「アン殿……?」


「……あ、なたは、シルヴィア様の、所に」


「しかし! アン殿はあれがどういう怪物かわかっているのか!?」




 傷付いたリーゼリット。傷だらけの広間。そこから考え出されるのは、やはり目の前の兄は、途方も無い怪物であるという事実。


 しかし。


 しかし、だ。


 それでも。




「それでも、きっと、わ、私は、逃げたらダメだと思うから……だから、任せて」




 口を突いて出るのは、自身が立ち向かうという決意の言葉。


 脚は震えているし、今すぐにでも背を向けたい。


 それでも立っていられるのは、目の前の存在を打倒しなければならない、という暗黒騎士さんの意地だ。




「……すまない!」




 きっと彼女はすぐにでも行きたかったのだろう。逡巡の後に、背を向ける。


 兄ーーイブリースはそれを追わない。




「追わない、の?」


「必要ないな。既に両軍に与えた被害は甚大であろう。これにより、最早魔王軍は盤石となった。故に、たかが小娘如き、虫一匹逃した程度でどうにもならんよ」


「そっ、か」




 魔王軍を押し留めていた二大国家の軍は突き崩された。


 魔王軍は世界に広がるだろう。


 数多の人類を殺戮し、自身の支配を広げるのだろう。


 けれどそれはーー




「や、っぱり、それは、私の目指す道じゃない」




 魔王軍は暗黒騎士さんの道を示さない。


 魔族でありながら、騎士道を良しとする暗黒騎士さんの道は、魔王軍にはない。




「答え、持ってきた」


「ふむ……死んでいないのが不思議だが……なるほど、貴様はようやく貴様になったのだな」




 全身は傷だらけ。


 身体の芯は熱く、まるで灼熱の業火に晒されているかのよう。


 だけど手足は動く。


 心の臓も鼓動している。


 剣を握って前を見れる。




 ふと、脳裏を過るのは小さな少女たちだ。




 初めて、自分の力で誰かを助けることが出来た。


 初めて、感謝をくれた。


 初めて、信じてくれた。


 初めて、目の前の見知らぬ誰かを助けたいと思った。




 だからーー




「私は、誰かを助ける騎士でありたい。そして、その笑顔を護る為に、戦いたい」




 口から出た言葉は、思った以上に単純で。


 だからこそ力強く。




「それが貴様の騎士道か」


「そう」


「ならば」




 イブリースが剣を構える。


 暗黒が渦巻く。


 逆巻く激流は、龍の如し。




「その騎士道、貫きたいのなら。ここで! 俺を超えてみろッ!!」




 解き放たれた暗黒の奔流は、彼が戦場で戦い続けていたことを感じさせない。


 あの時、吹き飛ばされたそれと、ほぼ同一の破壊力を秘めている。


 暗黒騎士さんへと降り掛かる、三度目の破壊は、容易く暗黒騎士さんの身体を飲み込んだ。














『条件を達成


 信仰ポイント 微増


 属性の反転


 暗黒→聖


 暗黒騎士でいることが出来ません


 クラスチェンジを実行します』


 

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