第36話暗黒騎士さん、道
足取りは重く、全身は痛い。
それでも心は軽かった。
手段も何も考えていないが、そこには剣がある。
目の前の問題は重いが、自分の答えだけは胸にある。
枝葉を避け、森を駆け抜ける。
そこに迷うことはなく。
ただ前を見定める。
戦況は知らない。
どうなっているかもわからない。
もしかしたら、もう負けているのかもしれない。
何もかもが終わった後なのかもしれない。
自分にできることなどないのかもしれない。
けれど――それでも。
心だけは、そこにあるから。
だから前を向いて。
◇
「…………」
あれ程、騒がしかった筈の戦場は、既にシンと静まり返っていた。
目の前に続いているのは、まるで墓石のように突き立った剣の墓場。
そこにあるのは死体の山。
まるで全てが終わってしまった後のよう。
それでも。
「……まだ」
向こう。
ガレス帝国の城が目に映る。
城壁に囲まれた猛々しい城塞は、未だ健在。
けれど、そこには――
「兄さん」
まだ、存在している。
まだ、そこにいる。
ならば。
ならば――
「待ってて」
行かなくてはならない。
そうでなければ始まらない。
まだ、暗黒騎士さん自身、自分を始めてもいないのだ。
だから前へ進む為に。
だから前を向く為に。
目の前にある問題を片付けなければならない。
そこにある壁があまりにも大き過ぎて、暗黒騎士さんでは払えないかもしれないけれど。
挑まなければ乗り越えることも出来ないのだ。
◇
剣閃が奔る。
数は無数に。
一閃一閃が必殺に。
しかし至ることはない。
流れる剣閃、一つ一つが必死であれど、相手もそれは同じこと。
「――ッ!」
弾かれ、赤いカーペットを散らしながらリーゼリットは膝を着く。
同時、即座に剣を構え直し、正面の鎧姿を目に映す。
戦いは未だに終わっていない。
幾千と屍を積み上げた先で、彼女の戦いは続いていた。
「音に聞こえたバイアランの騎士……それもこの程度か……」
魔王の忠実なる下僕、暗黒騎士がそこにいた。
手にした剣は禍々しく、その剣技は一歩さえも引かない。
まるで巌のようなその様に、リーゼリットの心は折れそうだ。
部下は倒れ、助けようとした姫の行方はわからない。
それでもリーゼリットは剣を執る。
それだけが、支える力だと知っているから。
「なぜ……」
リーゼリットは傷だらけのまま口を開く。
「どうして貴様らはガレスに与するっ!?」
「……」
目の前の暗黒騎士はまるで呆れたかのように嘆息した。
そのような事は口にするまでもないとでも言いたげに。
兜の隙間から見える瞳が、リーゼリットを見下した。
「もしも目の前に、自らを脅かすであろう人間がいたら、貴様ならどうする?」
見下した視線。問いかけの意図。
この状況を表しているのは一目瞭然で。
リーゼリットの中に、それに対する選択肢は――ある。
無視をする。
逃げる。
もしくは戦う。
その三つだろう。
自分を脅かすのが大したことないのなら、無視をすればいい。
敵わなければ逃げればいい。
どうにかできるのならば、戦えばいい。
「我々は――対立して貰った。ただ、それだけだ」
暗黒騎士の言葉。
この状況。
つまりそれは、片方に肩入れし、両方を落とす。
それは――凡そ騎士の取る手段ではない。
まるで卑怯者の手段である。
目の前の強い騎士がそんな手段を取ることが、リーゼリットには信じられなかった。
「貴様は」
「なんだ?」
「貴様はそれで――納得しているのか?」
だから口を吐いたのはそんな言葉だ。
「している」
暗黒騎士はこともなげに口を開く。
「これが我が忠義である。我らが前に立ち塞がるものは、全て排除するのだ」
リーゼリットの思い描く正道ではない。
リーゼリットの知っている騎士ではない。
けれどそこには、魔王へと忠誠を誓う、騎士の姿があった。
「我が名はイブリース。我が魔剣はザッハーク」
納得は出来ない。
それを飲み込むことなんて出来やしない。
暗黒がリーゼリットの目の前で膨れ上がる。
目の前が暗く沈んでいく。
それはまるで、自分が終わっていくような絶望。
意識が暗闇に沈んでいくような――
リーゼリットにはどうしようもない。
この戦いをどうすることも出来やしない。
◇
そもそも無関係なのである。
暗黒騎士さんにとって、人間の争いも、誰が攫われたのだとかも、全てが全て無関係なのである。
何もかも暗黒騎士さんに関係がない。
暗黒騎士さんが選んだ道――暗黒騎士さんの選択肢はここで潰える。
暗黒騎士さんに残された道はただ一つ。
だからその道を進む為に――暗黒騎士さんはこの場所にやって来たのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます