第35話暗黒騎士さん、前を向け
「……美味しい」
食卓に並ぶのは簡素な料理。
だけどそれはいつぞやの時とは違っていた。
簡素ではあるが、それでも量に困っていない。
「あの後ね、みんな治ったの!」
と対席したドナティが両手を上げる。
「みんな元気になって! ごはんも大丈夫になったんだよ!」
その声は本当に嬉しそうで、思わず暗黒騎士さんの頬が綻ぶ。
自分でも気が付かない程、僅かな変化だったが、子供の目には十分だったようだ。
ドナティがにっこりと笑った。
「あっ、騎士さま、やっと笑ってくれた!」
思わず、頬に手を当てる。
が、しかしその変化は実感できなかった。
「この子、ずっと気にしていたんです」
母親がドナティの頭を撫でながら、暗黒騎士さんに向けて言う。
「騎士さま、大丈夫かなー? 笑ってくれるかなーって」
「ちょっとー! お母さん!?」
「ほんとのことでしょ」
リナリィが声を荒げるドナティを窘める。
そんな風な当たり前がここにあった。
そしてそれはきっと――
(ああ……そっか)
きっと自分はこういうものを護りたくて、騎士を始めたのだ。
自分のそれが種族によるものだとはわかっていた。
暗黒騎士の家系であるのだから、暗黒騎士にならなければならない。
暗黒騎士として魔王に仕えて、そうしなければならないと思い込んでいた。
それはきっと間違いで。
こうならなくてはならないではないのだ。
こうありたいと思わなくてはならなかった。
きっとそれが暗黒騎士さんの間違いだから。
「騎士さま、どうしたのー?」
呆けていた暗黒騎士さんに気付いたドナティが声をかける。
間違いは正さなければならない。
自分の意思を否定されたままになんてしておけない。
「ううん……なんでもない」
と、暗黒騎士さんは答えた。
休息はお終いにしよう。
◇
身体はボロボロである。
幾日と休息も取っていない。
死んでもおかしくはなかったのだろう。
未だにあちこちが痛むし、きっと包帯には血が滲んでいる。
けれどそれがどうしたと思う。
痛いし、苦しい。
でも、前に進むのならば歩かなければならない。
震えだす足を支えに歩く。
向かうのは、村の郊外。
そうだ。自分がそこに、埋めたのだ。
未だに記憶に新しい。
あの子たちを、村を怖がらせない為に、自ら脱ぎ捨てたそれを求めた。
草むらの向こう。
不自然にぽっかりと盛り上がった土山。
そこにあるのだ。
「……はっ」
思わず息を吐く。
借りてきたスコップを土の上に突き刺す。
今から掘り起こすのだと思うと、骨が折れる。
けれど、他に頼るものもない。
残っているのは剣が一本。
未だに覚醒していない、暗黒騎士さんの片割れだけ。
それだけでは頼りないからこそ。
「……っふ」
ざく、と土を掘る。
当時の時分は随分としっかり穴を埋めたものだ、と思う。
地面は固く、自分一人では掘れやしない。
けれど。
ざく、と隣にスコップが突き刺される。
見れば、亜麻色の髪の少女が一人、地面にスコップを刺していた。
「……ドナティ?」
「騎士さま、あの鎧が欲しいんだよね?」
「そ、そう、だけど」
「なら、手伝ったげる!」
それも、きっと暗黒騎士さんにとって初めての経験で。
自分の胸が、少しだけ暖かくなるのがわかる。
戦う為の理由もなにもかも、ここにあったのだと、今更ながらに暗黒騎士さんは気付いたのだ。
二人で掘ればあっという間。
がちん、と音がして鎧を掘り当てる。
そこそこ長い間放っておいていたというのに、それはかつての輝きを損なうことなくそこにあった。
禍々しさ全開の暗黒騎士の鎧だというのに、今この時は頼もしく思える。
土を払って、身に着ける。
兜を被って、締めれば、かつての姿を取り戻す。
「……やっぱり、騎士さま、それかっこいいよ」
と、ドナティが笑う。
そんなことを言われたのは初めてで、暗黒騎士さんは思わず口元がにやけそうになる。
「ね、騎士さま。今度は、ちゃんと遊びにきてね。待ってるからね」
たったそれだけで十分なのだ。
答えは一つ。
今度は――
今度こそは。
答えに詰まることはない。
それだけは、確実なのだから。
暗黒騎士さんは駈け出した。
本来の鎧姿は重く禍々しいが、その背中にあるのは変わりなき騎士道であるのだから。
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