第34話暗黒騎士さん、一時の休みと疑問を
「目が覚めました?」
ぱちり、と暗闇で目を覚ますと、頭上からそんな言葉が降ってきた。
寝起きで焦点の定まらない、薄ぼんやりとした視界の中に、亜麻色の髪が映る。
ぱちぱちと瞼を開閉して、視界の中に彼女の姿が映る。
森の中、暗黒騎士さんが最初に出会った人間。
ドナティたちの母親が、頭の上の濡れた布を交換しているようだった。
ひんやりとした感覚が、額から暗黒騎士さんの全身に行き渡る。
「……」
文句を言わさない、そう言いたげな所作に暗黒騎士さんは戸惑ってしまう。
けれど、休んでいる場合ではないのだ。
今すぐにでも、戦乱へと向かいたいのだ。
もしかしたら、既に遅いかもしれないけれど、行かなくてはならない。
そうでないと不義理だ。
どうなっているのか、確かめたい。
「起きては、いけません。あなたは自分の状態をわかっているのですか?」
「で、でも……」
自分がどんな状態かくらいは自分でわかる。
全身が痛いし、体を起こすのだって怠い。
頭も痛いし、そもそもこうして起きているのも辛い。
眠気がどんどん増していく。
けれど。
それでも。
「でもも何もありません。あなたは今、動ける体じゃないんです」
回復力は人間よりはあるつもりだ。
どうしようもない程に消耗してしまっているけれど、動ける筈だ。
だのに、今、動こうと思えない。
別に跳ね除けて、走り出してしまえば、彼女に止める術はない。
そうしようと、思ったのに。
「…………」
「駄目、ですよ。あなたは私たちの恩人なのに……死にに行かせる訳には、いかないじゃないですか……」
こちらを見下ろす目。
哀し気なその瞳に、暗黒騎士さんは折れた。
◇
次に目を覚ました時、外は明るくなっていた。
自分がどれくらい寝ていたとか、もう考える必要はなかった。
どうなったのだろう、とか、そんなことばかり考えていた。
まるで暗闇の中を、松明もなく歩かされているような気分になってくる。
目印になるものは何もないし、どこに向かえばいいのか、見当もつかない。
そんな状況でも、身体の痛みは未だに不調を訴えて来るし、お腹だって減ってきたのがわかる。
「騎士さま! 騎士さまはなにと戦ったのー!?」
ベッドの脇でドナティがわくわくした顔をしながら、こちらを覗き込む。
「ちょっと、ドナティ。騎士さま、疲れてるのよ」
「えー……でも、リナリィ……」
「でもも何もないのー」
「むー」
その横で、リナリィがドナティを諫める。
久し振りに見た光景に、少しだけ心が落ち着く。
思えばここまで、戦っているか訓練しているかで、明確な休みの日だって、兄との遭遇もあった。
本格的に休むのは、実は初めてではないだろうか。
訓練も、戦いもなく、身体を休められる。
けれど、心は休まらない。今頃、戦場はどうなっているのだろうか、と考えが頭の中をぐるぐると回る。
勝てない相手に、どうしたらいいのだろうか。
「ねぇねぇ、騎士さま」
「……ど、どうしたの……?」
ぼふぼふとドナティが布団を叩きながら、問い掛けてくる。
子供らしい好奇心に溢れた言葉は、しかし暗黒騎士さんの心をかき乱す。
「騎士さまは、どうして戦ってるの?」
その問い掛けは、まさに暗黒騎士さんの抱えていたものだ。
兄に問われ、少女に問われ。
しかし暗黒騎士さんには答えを出せない。
だって、それをしてしまえば、自分が何の為に戦っているのかわからなくなるからだ。
初めは憧れだった。
けれど、段々わからなくなってきた。
今、どうして戦っているのか。
どうして戦えていたのか、わからなかった。
「ほーら、ドナティ? 静かにしてなさいね。騎士さま? お腹、減ってないですか?」
母親が割り込んで、ドナティを退かす。
リナリィが彼女の手を掴んで、部屋の外へ出て行く。
「……へ、減って、いる、が……そこ、まで」
「駄目ですよ。騎士さま。お腹が減っていては、悪いことばかり浮かんでしまいます。まずはそれを解消しないといけませんよ」
まるで、暗黒騎士さんの心を見透かしているかのような言葉に、彼女は小さく頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます