第33話暗黒騎士さん、小さな子供

 


 ずっと漂っているような気分だった。


 まるで夢を見ているかのような。


 もしくは、眠る前の、ふわふわとした気持ち。




 そんなのを、ずっと抱えていたような。




 自分が何かもわからなくなっていく。


 そんなゆったりとした気分。




 目を開けたいと、思う。


 けれど、瞼が重い。




 自分がどこにいるのかもわからなくて、暗闇の中を歩いているような気分で、どこに行ったらいいかもわからなくて。




 追い出された自分が、どうしていいのかわからなくて。




 ずっと流されていたんだ、とその時初めて気が付いたから。


 義務感なんてなくて、騎士道なんて、或る筈もなくて。


 だからこのまま、意識を落としてしまえば、きっと楽なのだろう、と思う。




「騎士さま、大丈夫かな……?」




 不意に、耳に入った声は、どこかで聞いた、懐かしい声。


 そう、自分がこの道を進もうと思った、きっとそれは、自分が初めて選んだ道。


 流されるままの中で、初めて何かをしようと思った、きっかけだ。




 目を、開けた。



















 眩しい光が飛び込んでくる。


 そして、どこかで見た天井。


 木製の簡素なそれを見上げ、自分がベッドに寝かされていることに気が付く。




「こ、ここは……?」




 先までのことなどなかったかのような光景に、暗黒騎士さんは小さく呟く。


 同時に、全身に痛みが走る。




「――ッ!?」




 思わず顔をしかめる。


 声が出ないくらいに痛いというのはこのことだろう、と思う。




 その痛みが、あれが夢ではないのだと、暗黒騎士さんに教えてくれた。




「騎士さま!? 動いたらだめだよ!」




 声が聞こえる。


 小さな子供の、どこかで聞いた覚えのある声が、耳に響く。




 小さな掌が、暗黒騎士さんの額に当てられる。


 抗うことも出来ない、暗黒騎士さんの体はベッドに押し付けられる。


 その動作でさえも、痛いのだけれど、抵抗はしなかった。出来なかったのだ。




「もう……騎士さま、大ケガしてたんだよ……?」




 心配そうにこちらを覗き込む表情。


 揺れる亜麻色の髪の毛。




「ドナティ……?」


「うん。そうだよ!」


「……わ、私、は……?」


「騎士さま、倒れてたの……傷だらけで……大丈夫?」




 掌を目の前に翳してみれば、包帯だらけ。


 全身に感じる違和感は、恐らく、全身にも包帯が巻かれているからだろう。




「騎士さま、安静にしててね! おかーさん呼んでくるから」




 言って、ドナティは部屋から出ていく。


 どたどたと駆けていく音と「おかーさーん! 騎士さま起きた!」と遠くから響く声。




 暗黒騎士さんは、そこでようやく自分が死ななかったことを理解した。


 生きていたことに安堵し、胸を撫で下ろす。




 けれど、それは、自分が一切、何にも関われなかったことを意味している。



















「大丈夫ですか……?」


「ええ……はい……まぁ……」




 彼女たちの母親はすっかり元気になったようで、以前は痩せこけていた頬も、今ではふっくらとして水々しささえも感じる程になっていた。


 それは、暗黒騎士さんの行動の結果であり、きっと、唯一得られたものだから。




「ゆっくりしていってくださいね。そのケガでは、動けないでしょうし」




 そうも言ってられない。


 本当は、今すぐにでも駈け出したい。


 だからこそ、こうして少ない魔力を回復に宛てている。


 けれど、死の間際まで追い込まれた体は、まるで回復することを拒否しているかのようで。




 痛みに顔をしかめる。




「……何か、食べられますか?」


「それは……」




 いらない、と答えようとした。


 食べている暇などないと言おうとした。




 けれど、体はその意思に背いて返事をする。


 くぅ……、と小さな音を立てる。


 空腹の全身が、食べ物という言葉に抗えなかったのだ。




「ふふ……そうですね、丁度お昼ですし、簡単なものを持ってきますね」




 と、母親は笑って、出て行った。




 再び、室内に静寂が満ちる。




 枕に後頭部を押し付けると、どれくらい時間が経ったのだろう、とか、戦いはどうなったのだろう、とか、そんなことばかりが頭に浮かぶ。




 けれど、体は休息を欲していたのだろう。














 しばらくすると、小さく寝息を立て始めた。




 そんな暇はないと、知っていた筈なのに、甘えてしまう。


 

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