第33話暗黒騎士さん、小さな子供
ずっと漂っているような気分だった。
まるで夢を見ているかのような。
もしくは、眠る前の、ふわふわとした気持ち。
そんなのを、ずっと抱えていたような。
自分が何かもわからなくなっていく。
そんなゆったりとした気分。
目を開けたいと、思う。
けれど、瞼が重い。
自分がどこにいるのかもわからなくて、暗闇の中を歩いているような気分で、どこに行ったらいいかもわからなくて。
追い出された自分が、どうしていいのかわからなくて。
ずっと流されていたんだ、とその時初めて気が付いたから。
義務感なんてなくて、騎士道なんて、或る筈もなくて。
だからこのまま、意識を落としてしまえば、きっと楽なのだろう、と思う。
「騎士さま、大丈夫かな……?」
不意に、耳に入った声は、どこかで聞いた、懐かしい声。
そう、自分がこの道を進もうと思った、きっとそれは、自分が初めて選んだ道。
流されるままの中で、初めて何かをしようと思った、きっかけだ。
目を、開けた。
◇
眩しい光が飛び込んでくる。
そして、どこかで見た天井。
木製の簡素なそれを見上げ、自分がベッドに寝かされていることに気が付く。
「こ、ここは……?」
先までのことなどなかったかのような光景に、暗黒騎士さんは小さく呟く。
同時に、全身に痛みが走る。
「――ッ!?」
思わず顔をしかめる。
声が出ないくらいに痛いというのはこのことだろう、と思う。
その痛みが、あれが夢ではないのだと、暗黒騎士さんに教えてくれた。
「騎士さま!? 動いたらだめだよ!」
声が聞こえる。
小さな子供の、どこかで聞いた覚えのある声が、耳に響く。
小さな掌が、暗黒騎士さんの額に当てられる。
抗うことも出来ない、暗黒騎士さんの体はベッドに押し付けられる。
その動作でさえも、痛いのだけれど、抵抗はしなかった。出来なかったのだ。
「もう……騎士さま、大ケガしてたんだよ……?」
心配そうにこちらを覗き込む表情。
揺れる亜麻色の髪の毛。
「ドナティ……?」
「うん。そうだよ!」
「……わ、私、は……?」
「騎士さま、倒れてたの……傷だらけで……大丈夫?」
掌を目の前に翳してみれば、包帯だらけ。
全身に感じる違和感は、恐らく、全身にも包帯が巻かれているからだろう。
「騎士さま、安静にしててね! おかーさん呼んでくるから」
言って、ドナティは部屋から出ていく。
どたどたと駆けていく音と「おかーさーん! 騎士さま起きた!」と遠くから響く声。
暗黒騎士さんは、そこでようやく自分が死ななかったことを理解した。
生きていたことに安堵し、胸を撫で下ろす。
けれど、それは、自分が一切、何にも関われなかったことを意味している。
◇
「大丈夫ですか……?」
「ええ……はい……まぁ……」
彼女たちの母親はすっかり元気になったようで、以前は痩せこけていた頬も、今ではふっくらとして水々しささえも感じる程になっていた。
それは、暗黒騎士さんの行動の結果であり、きっと、唯一得られたものだから。
「ゆっくりしていってくださいね。そのケガでは、動けないでしょうし」
そうも言ってられない。
本当は、今すぐにでも駈け出したい。
だからこそ、こうして少ない魔力を回復に宛てている。
けれど、死の間際まで追い込まれた体は、まるで回復することを拒否しているかのようで。
痛みに顔をしかめる。
「……何か、食べられますか?」
「それは……」
いらない、と答えようとした。
食べている暇などないと言おうとした。
けれど、体はその意思に背いて返事をする。
くぅ……、と小さな音を立てる。
空腹の全身が、食べ物という言葉に抗えなかったのだ。
「ふふ……そうですね、丁度お昼ですし、簡単なものを持ってきますね」
と、母親は笑って、出て行った。
再び、室内に静寂が満ちる。
枕に後頭部を押し付けると、どれくらい時間が経ったのだろう、とか、戦いはどうなったのだろう、とか、そんなことばかりが頭に浮かぶ。
けれど、体は休息を欲していたのだろう。
しばらくすると、小さく寝息を立て始めた。
そんな暇はないと、知っていた筈なのに、甘えてしまう。
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