第27話暗黒騎士さん、開戦に向かう


 兄について、暗黒騎士さんは実はあまり詳しくない。


 兄は優秀で強くて、すぐに魔王軍の中枢へと上り詰めた。


 けれど、暗黒騎士さんには、優しかった。それがどういった理由なのかはわからないのだけれど。


 直接会ったことがないのに、優しかったも何も、ないのだろうけれど。


 それでも、かつて励ましてくれたことは暗黒騎士さんにとって、失くしてはならない思い出だ。思い出がなければ、とうの昔に挫折していた。




 暗黒魔法の使えない暗黒騎士。




 その存在は、ただそこにあるだけで、奇異の視線の的になる。


 奇異となるということは、同一ではない、ということだ。


 仲間外れにされ、落ちこぼれの烙印を押された。実際その通りなのだけれど。




「兄さん」




 呟く。


 かつてと同じだとは期待していなかった。


 けれど、直接「死ね」と言われて理解する。自分はそういう立場に、自ら堕ちたのだと。それが正しいのか、益々わからなくなる。


 自分は、正しいことをしているのだろうか。




 わからない。


 わからない、けれど。




「行こう」




 手に持った魔剣は、相変わらず何も答えてはくれない。


 それでも、前に進むしかないのだ。




 暗黒騎士さんは宿舎を後にする。




 これから、ガレス帝国への進軍が開始されるのだから。



















 既に宣戦布告は為された。


 上部で行われたことは、暗黒騎士さんは知らないが、結果だけは知っている。


 交渉は決裂して、最早戦う以外に道はないのだと。




 戦場に向かう馬車の中は静かだ。


 暗黒騎士さんを含む部隊は、リーゼリットの指揮下だ。馬車に揺られながら、十人前後の人間が静かに、その時を待っている。


 誰も一言も話すことはなく、その手に剣を携え、これからを見つめている。




 ガレス帝国へ向かう森は、足場が悪い。


 時折、がたんと馬車が大きく揺れる。




「……その、兄のことを考えているのか?」




 足元を見下ろしていた暗黒騎士さんを気遣うように、リーゼリットが声を掛ける。


 顔を上げると、じっとリーゼリットが暗黒騎士さんの目を見ていた。




 そこに存在するのは、純粋に心配しているのだという感情だと、短い付き合いながら、暗黒騎士さんは思う。


 本当に、魔王軍から追放されたことは、死ななければならない程の罪なのだろうか。


 優しかった兄が、ああなってしまったのは、何故だろう、とか。


 考えることは沢山あるけれど。




 それはきっと、これからの戦いにおいて剣を鈍らせるのだろう。




「……ああ……いや、そう、かも」


「あまり深刻に考え過ぎるなよ? アン殿は自分で抱え込む癖があるようだし……そのことについて、私にはどうすることも出来ないが、話を聞く程度のことは出来る」


「……ありがとう」


「ふむ……初めて会った時よりも、随分と感情がわかりやすくなったな」




 そう、なのだろうか、と暗黒騎士さんは思う。


 だが、魔王軍から追放されて、最も長く一緒にいたのは彼女だ。だからこそ暗黒騎士さんの些細な変化にも気付くのだ。


 微かだが、笑顔を浮かべることも増えた。




 そのことに、暗黒騎士さんは気付いていないのだが。




 その時、馬車の車輪が大きく跳ね、同時に浮遊感が車内の人間を襲う。




 騎士たちは緊張していた。


 騎士たちは戦に意識を向けていた。


 まだだろう、と思っていた。


 そろそろだろう、と思っていた。


 だけど、これは予想していなかった。




 馬車が跳ねた。


 そして、馬車は終ぞ落下することはなかった。




 馬車の影から伸びた、影の槍。


 真っ黒なそれが、馬車を引く馬を刺し貫き、血風が舞う。


 馬車は串刺しになり、まるで茨のようにあちこちから槍の先端を突き出し、中空に縫い留められた。




 ぽたり、ぽたり、と馬車の中から血が垂れる。




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