第27話暗黒騎士さん、開戦に向かう
兄について、暗黒騎士さんは実はあまり詳しくない。
兄は優秀で強くて、すぐに魔王軍の中枢へと上り詰めた。
けれど、暗黒騎士さんには、優しかった。それがどういった理由なのかはわからないのだけれど。
直接会ったことがないのに、優しかったも何も、ないのだろうけれど。
それでも、かつて励ましてくれたことは暗黒騎士さんにとって、失くしてはならない思い出だ。思い出がなければ、とうの昔に挫折していた。
暗黒魔法の使えない暗黒騎士。
その存在は、ただそこにあるだけで、奇異の視線の的になる。
奇異となるということは、同一ではない、ということだ。
仲間外れにされ、落ちこぼれの烙印を押された。実際その通りなのだけれど。
「兄さん」
呟く。
かつてと同じだとは期待していなかった。
けれど、直接「死ね」と言われて理解する。自分はそういう立場に、自ら堕ちたのだと。それが正しいのか、益々わからなくなる。
自分は、正しいことをしているのだろうか。
わからない。
わからない、けれど。
「行こう」
手に持った魔剣は、相変わらず何も答えてはくれない。
それでも、前に進むしかないのだ。
暗黒騎士さんは宿舎を後にする。
これから、ガレス帝国への進軍が開始されるのだから。
◇
既に宣戦布告は為された。
上部で行われたことは、暗黒騎士さんは知らないが、結果だけは知っている。
交渉は決裂して、最早戦う以外に道はないのだと。
戦場に向かう馬車の中は静かだ。
暗黒騎士さんを含む部隊は、リーゼリットの指揮下だ。馬車に揺られながら、十人前後の人間が静かに、その時を待っている。
誰も一言も話すことはなく、その手に剣を携え、これからを見つめている。
ガレス帝国へ向かう森は、足場が悪い。
時折、がたんと馬車が大きく揺れる。
「……その、兄のことを考えているのか?」
足元を見下ろしていた暗黒騎士さんを気遣うように、リーゼリットが声を掛ける。
顔を上げると、じっとリーゼリットが暗黒騎士さんの目を見ていた。
そこに存在するのは、純粋に心配しているのだという感情だと、短い付き合いながら、暗黒騎士さんは思う。
本当に、魔王軍から追放されたことは、死ななければならない程の罪なのだろうか。
優しかった兄が、ああなってしまったのは、何故だろう、とか。
考えることは沢山あるけれど。
それはきっと、これからの戦いにおいて剣を鈍らせるのだろう。
「……ああ……いや、そう、かも」
「あまり深刻に考え過ぎるなよ? アン殿は自分で抱え込む癖があるようだし……そのことについて、私にはどうすることも出来ないが、話を聞く程度のことは出来る」
「……ありがとう」
「ふむ……初めて会った時よりも、随分と感情がわかりやすくなったな」
そう、なのだろうか、と暗黒騎士さんは思う。
だが、魔王軍から追放されて、最も長く一緒にいたのは彼女だ。だからこそ暗黒騎士さんの些細な変化にも気付くのだ。
微かだが、笑顔を浮かべることも増えた。
そのことに、暗黒騎士さんは気付いていないのだが。
その時、馬車の車輪が大きく跳ね、同時に浮遊感が車内の人間を襲う。
騎士たちは緊張していた。
騎士たちは戦に意識を向けていた。
まだだろう、と思っていた。
そろそろだろう、と思っていた。
だけど、これは予想していなかった。
馬車が跳ねた。
そして、馬車は終ぞ落下することはなかった。
馬車の影から伸びた、影の槍。
真っ黒なそれが、馬車を引く馬を刺し貫き、血風が舞う。
馬車は串刺しになり、まるで茨のようにあちこちから槍の先端を突き出し、中空に縫い留められた。
ぽたり、ぽたり、と馬車の中から血が垂れる。
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