第24話暗黒騎士さん、息抜きをする

「明日、街へ出てみないか?」




 そう言ってきたのはリーゼリットだった。




 ここ最近の習慣となった、訓練所に混ざって訓練を受け、シャワーを浴びたその後のことだった。


 髪を拭きながら廊下を歩いていた所に、現れた彼女は、いつもの鎧姿とは違い、ラフな格好をしていた。




「たまには息抜きも必要だろう?」




 赤毛の騎士は、笑いながらそう言った。


 その意図は、暗黒騎士さんにはよくわからなかったけれど。それでも、笑いながら誘われたのなら、それはきっと楽しいことなのだろう、と思う。



















 幸いにも、天気は晴れ。


 バイアランの都は、行き交う人たちで賑わっている。


 暗黒騎士さんは眩しそうに空を見上げる。宿舎から出るのは、恐らくここに来た時以来だろう。基本的に引きこもりなのだ、暗黒騎士さんは。そもそも訓練以外、何をしたらいいのかわからないし。




「待たせたな」




 と、物思いに耽っていた所に、背後から声を掛けられる。


 暗黒騎士さんを誘った張本人、リーゼリットだ。


 いつもの騎士然とした、凛と張り詰めたような雰囲気から打って変わって、庶民と同じようなカートルに身を包んでいる。とはいえ、所々に施された刺繍や染色は、それが高価なものであると薄っすらと主張している。


 一目見ても、それが上等なものであると理解できる。




 できる、が。


 やはり暗黒騎士さんには、到底その感覚はわからない。




「……やっぱり、アン殿はそれか」




 彼女は依然として、インナースーツのみの着用だ。


 宿舎には、一応、外出用に服が用意されていたのだが、どうにもどれも似合っているとは思えなかった。


 筋肉質で、胸もない、まるで女性らしくない自分の身体には、それらの服は相応しくないと思えたのだ。




 それなのに、リーゼリットはよく着こなしていた。


 慣れ、だろうな、と暗黒騎士さんは思う。




「……その、私には、その、似合わない、だろうし……」


「何を言っているか。こういう時こそ息抜きをせねばなるまい。そもそもアン殿は訓練漬けではないか」


「……それ、だけ、しかないし……」


「…………はぁ」




 リーゼリットがため息を吐いた。




「たまの息抜きは必要だ。常に張り詰めていては疲れてしまうだろう」




 それは、リーゼリットが偉い立場にあるからこそ言えるのだろう。


 それは、リーゼリットが強い存在であるからこそ言えるのだろう。




 暗黒騎士さんは少なくともそう思った。


 自分は弱いのだから、もっと頑張らないといけない、とも思っている。それでは駄目なのだ、とリーゼリットは言うのだ。




「見ろ、この街を。行き交う人々に目を向けるのだ。彼らは日常を生きている。そこに戦闘や訓練など、必要ないのだ」




 確かに、往来を歩く人は、戦闘や訓練、血生臭いこととから遠い世界に存在しているように思えた。笑顔を浮かべ、今日は何をして過ごそうか、と思い思いに歩いている。




「……けど、私は、そう、生まれたから……」




 暗黒騎士さんは暗黒騎士として生まれた。そこにそれ以上の存在意義はなかった。自分が騎士である為に何をすべきか、と問われると彼女は訓練や戦闘、誰かに仕えることだ、と答えるだろう。




「生まれは関係ないさ。さ、行こう。今日は訓練も何もないのだ。ゆっくり羽を伸ばそうではないか」




 自然に、リーゼリットは暗黒騎士さんの手を取った。




 戸惑いを浮かべながら、暗黒騎士さんはその後に続く。


 自分の中の自分が、少しずつ変わっていくのを、暗黒騎士さんは感じていた。


 

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