第23話暗黒騎士さん、訓練に参加する

「おや、先ほどぶり」


「こ、こんにちは……」




 訓練所に入ると、マルコがいた。


 リーゼリットは用事があると言って、消えてしまっているので一人だ。


 当然、緊張はしているが、しかし、暗黒騎士さんにとってそこの空気はどこか懐かしいものを感じさせるものだった。


 暗黒騎士さんには馴染み深いそこは、魔族も人間も変わらない。多くの戦士が剣の腕を伸ばすため、戦いに勝つ為に訓練を重ねている。木偶を相手に剣を振るうものも、実戦を想定して模擬戦闘を行うものも、指導を貰いながら自分を修正していくものも、どれもが暗黒騎士さんの知るそれと変わらない。


 彼らは誰もが真剣で、戦う為に訓練をしている。


 やはり、同じなのだ、と暗黒騎士さんは思う。


 自分たちも、彼らも、同じだ。


 どこが違うのだろうか、と。


 そう思ってしまう程に。




「どうされたのですか?」


「いや……どこか、懐かしいな、って……」


「ああ、アンさんはどこかの軍にいたので?」


「ええ、まぁ……はい……」




 それが魔王軍だとは、彼も思うまい。




 それにしても、こうもかつてと同じ光景を見せられては、いかに暗黒騎士さんといえど、身体は疼く。あの頃と同じように、あの懐かしかった日々を回想するように。同じように剣を振るいたいと、思ってしまう。


 思ってしまったのだから。




「ふむ」




 マルコがその様子を見て、顎に手を当て喉を鳴らす。




「その様子、余程かつていた場所が居心地よかったように思いますね」




 そう、なのかもしれない。


 暗黒騎士さんが思い返すかつての訓練隊は確かに居心地がよかったと、思う。苦しいことも、辛いこともあったけど、それでも、だ。


 リストラされなければ、ずっといてもいいと思えるくらいには。




「どうです? よろしければ」




 マルコが訓練所の壁に立て掛けられた剣を二つ、手に取り、暗黒騎士さんに投げ渡す。




 暗黒騎士さんはマルコと投げられた剣を交互に見やる。そもそも、どのようなものかと見に来ただけなのだ、勿論鎧など身につけていない。




「刃は引いてありますし、魔術的な防御も掛かっていますよ。未だ事故もないので、安全だとは思いますが……」


「む……」




 そこまでお膳立てされて、断る者がいるだろうか。


 正直に言えば、暗黒騎士さんはうずうずしていた。恐らく自分では敵うことはないだろうが、それでも、やはり自分は戦う者なのだ。


 それが、魔族としての性なのか、騎士としてなのか。


 中途半端な暗黒騎士さんにはわからないけど。




 暗黒騎士さんは剣を取った。





















「い、たい……」




 用意された宿舎の一室、ベッドに座り込みながら暗黒騎士さんは一息吐いた。


 身体中がボロボロだ。


 筋肉痛もすごいし、こうして手足を見るだけでも痣だらけだ。


 それでも、充実感はあった。


 懐かしい気持ちになった。




 それはこの訓練所という性質が自分に合っていたからだと思うのだ。すでに帰れない場所ではあるのだけど。皆は元気しているだろうか、と思い返す


 落ちこぼれではあるのだけど、落ちこぼれなりに、仲間はいたのだ。




「お前は変わらないな」




 自分の剣。


 暗黒騎士さんだけの剣。


 それを手に取る。膝の上に乗せ、鞘から引き抜く。初めて魔王軍へと入隊した時、その時からの付き合いだ。恐らく、自分が知る中で、一番古い友人。


 辛い訓練も、外での戦いも、共に戦ってきた。




 暗黒騎士の持つ魔剣は、覚醒しなければただの剣と同じだ。しかし、その覚醒を以て暗黒騎士として認められる。


 暗黒騎士さんは、終ぞそれが出来なかった。


 傷だらけの剣は、暗黒騎士さんの戦いの歴史だ。


 それでも、変わらない。




「私には、何が足りないのだろうなぁ……」




 独り言ならば、ちゃんと喋れるのにな、と暗黒騎士さんは思いながら、剣を鞘に納める。


 小さな鞘鳴り。




 暗黒騎士さんはベッドに寝転がる。


 これから自分がどうしていくかもわからない。先の予測さえ出来ない。


 訓練所とは違う日々。


 それはそれで、楽しいのだろう。




 眠りにつく暗黒騎士さんの隣で、剣の柄がきらりと煌めく。月光の反射なのか、剣自身が光を放ったのか、それは誰も見ていない。

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