第22話暗黒騎士さん、謁見する
リーゼリットが拝謁を終え、立ち上がる。
王へと報告する様子を、暗黒騎士さんは部屋の隅で見ていた。
ふかふかとした赤い絨毯を敷き詰められた部屋は広く、まるでここで宴会でも開けるようだった。けれど、そこに流れる雰囲気は逆のものだ。
まるでこの部屋を全て見下ろすような位置に、玉座はある。
そこに座するのは、この国の王。
バイアランの帝王である。
帝国の王を名乗るに相応しきその威容は、一般の人から見ても大きく、巨躯と呼ぶに相応しい体格をしている。恐らく、戦っていたものの体つき。前線からは退いているだろうが、それでも隠しようのない戦場を歩いてきたもの特有の気配を発していた。
その視線は鋭く、思わず竦んでしまいそうだ。
リーゼリットは敬礼をし、王が頷く。
再度一礼して、リーゼリットが踵を返し、暗黒騎士さんに対し目線を向ける。
その瞬間、王が同時に暗黒騎士さんを見つけた。
「彼女は? 俺の記憶では、この城の人間ではないようだが……」
「彼女は、先ほどの報告でもあった、旅の冒険者で――名前は」
「ア、アン、と、申します……」
小さな声だったがそれでも緊張に負けぬようにと精一杯の虚勢と共に声を発する。
それと共に、王の視線が鋭さをましたのを、暗黒騎士さんは気配で感じる。まるで自分の内面までもを見通されるような居心地の悪さ。
思わず目線を左右に揺らす。
「……すまないな、怯えさせてしまったようだ……全く、俺の悪い癖だな。気にしないでくれ」
「は、はぁ……」
暗黒騎士さんは小さく縮こまったまま、ぺこりと頭を下げた。
リーゼリットと共に、背中を向ける。
謁見の間を出ていく背中に、王の声が届く。
それは意図したものではないのだろう。
小さな呟きは、しかしそれでも人間ではない暗黒騎士さんに届くには十分だった。
「勿体ないものだな……それさえなければ、もっと高みを目指せるだろうに」
◇
「……それに、しても……彼は、なんというか……」
「どうした?」
廊下を歩きながら、暗黒騎士さんは独りごちる。
その言葉は、リーゼリットに目ざとく反応されてしまう。
「……いや、ここの人間に、言えるのだが……なんと、言ったらいい、か……その、シルヴィア……さん、が、攫われた、というのに……そこまで慌てたり、しないのだ、な」
「全員が慌てているとは思うぞ? ただ、ガレスはシルヴィア様を殺すことはないだろうが、どうなるかはわからない。向こうからアクションがないからな……王は戦うつもりだろうがな」
「そ、か……」
暗黒騎士さんは戦場を知らない。
大勢の人が襲ってくる恐怖を知らない。
ぶるり、と体が震えた。
これから何が起こるのか、予想の出来ない恐怖から。
自分では、どうすることの出来ない、波のようなものに飲み込まれていると、実感出来たから。
「アン殿、もう一度聞くぞ? 逃げるなら、まだ間に合う。義務感でいても、多分あなたにはいい影響はないだろう」
「そ、れは……」
それはつまり、義務感だけでここにいられても、迷惑だということだろうか。
「ああ、誤解しないで欲しい……戦力が欲しいのは当然だが、アン殿は元々、無関係だろう? ならば、こんな場所で命を懸ける必要なんてないのだ」
それでも。
それでも、と暗黒騎士さんは思う。
誰かに頼られたのは初めてだった。
誰かに守って欲しいと言われたのも初めてだった。
初めて依頼をされたのだ。
初めて誰かに頼られたのだ。
あの、森で出会った子たちのように、自分で何かをしたいと、初めて思ったのだ。
だからこそ、暗黒騎士さんは決断する。
「それ、でも……それ、でも、わた、しは、最後まで手伝いたい……」
「アン殿は魔族だというのに高潔だなぁ……」
暗黒騎士さんは目を見開いた。
そして、思わずリーゼリットの口を塞ぎ、自分の口の前で人差し指を立てた。
「しーっ! しーっ!」
きょろきょろと辺りを見回しながら、慌てた風に暗黒騎士さんはリーゼリットに迫る。
リーゼリットは笑いながら、その手をどけた。
「はははっ、すまない。けど、そうだな。アン殿の気高さは、尊敬出来るな。ああ、その在り方は心地いいよ」
にこり、と笑いながら、リーゼリットは応える。
そうだろうか、と暗黒騎士さんは思う。
自分は世間知らずなだけだろう、と。
でも。
それでも、初めて自分の生き方を肯定された気がして。
暗黒騎士さんは、少し、嬉しかった。
『信仰ポイントが0.5増えました。
現在のポイントは2.5ポイントです』
そんな、いつか聞いた世界の声を耳にして、暗黒騎士さんは、目を丸くした。
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