第21話暗黒騎士さん、敵であったはずの国へ
暗黒騎士さんは困惑していた。
騎士で埋め尽くされた道を往くのも、それに対して手を振るリーゼリットを見るのも。
全てが新鮮で、怖かった。
恐怖でしかないのだ。
前に進むことは怖い。けれど進めないと置いて行かれてしまう。
それは、何度も味わった恐怖。自分が進めないのに置いて行かれるのは怖い。
結果として今があるのだ。
◇
「姐さん、お疲れ様です!」
馬車から降りたリーゼリットに話しかけてきたのは、見た感じは好青年だ。あの熱気漂う集団の中にいたとは思えない程には、爽やかな容姿をしている。敬礼をする彼の姿を見て、自分とは正反対の位置にいる人間だな、と暗黒騎士さんは思う。
「おや、そちらは……?」
と、彼は馬車の奥に座する暗黒騎士さんに気付く。
びくり、と体を竦ませる。
視線から眼を反らすように、反対側の窓を見やる。けれどそちらにも騎士がいて、結局俯くしかなかったのだけど。
男性である。
しかも、訓練所にいた男性と違う。あの頃は、男女別であったし、ほぼ隔離されているようなものだったからあまり意識したことはない。遠目に見て、やはり力に寄った戦い方になるのだなぁ、と見ていただけだ。
けれど今回は違う。
現実に目の前にいるのだ。
「ああ……こちらは、アン殿だ。帰り道で護衛の依頼をしたのだが、中々に腕が立つぞ。少々人見知りの気があるのだがな……」
リーゼリットが紹介してくれる。
その言葉に、おどおどとしながらも、彼を見上げ、小さく頭を下げた。
「よ、ろしく……」
「アン殿、だね。よろしく。僕はマルコット。みんなからはマルコって呼ばれているよ」
にこりと微笑むそれは、優男の笑顔である。
差し出された手を見て、笑顔を見上げて、視線を右往左往させる。
「マルコ、彼女は人見知りだと言っただろう。お前のスキンシップは強行過ぎるんだ」
「そうか……姐さんに言われちゃ仕方がない」
手をひらひらと振りながら、マルコはリーゼリットに向き直る。
「それで、どうされたのですか? シルヴィア様は?」
「そのことについては、王の前で報告する。出迎えご苦労だったな、下がらせて構わない」
「了解」
マルコが号令を下すと、騎士たちは統率の取れた動きで門の向こうへ去っていく。
訓練された騎士とは、このようなもののことを言うのだ、その時暗黒騎士さんは理解した。
「それでは僕も戻ります」
「ああ、私もすぐに向かうよ」
マルコが門の向こうに消える。
リーゼリットは馬車を降りると、御者に料金を払い、御礼の言葉を述べる。
暗黒騎士さんは、自分一人ではもっと混乱していただろうな、と小さく思いながら、自分の装備を纏め、馬車から降りた。
「わ……」
目の前に広がる巨大な門。さっきまでは騎士たちに吃驚していて気が付かなかったけれど、それは自分の知っているものよりも明らかに大きい。まるで巨人でも通りそうなものだけど、そこを通るのは小さな人間なのだ。
「どうだ? ここが我が都、バイアラン帝国の首都だ」
見ればようやく交通可能になったのだからと、幾人もの商人や旅人が門を出入りしているのが見えた。
「あの……さ、さっきのは迷惑、とか、なったり……?」
つまらないことを気にしていると自分でもわかっているが、根は小心者なのだ。
「ああ、さっきのあれは、何と言ったらものか……我らの伝統のようなものだし……」
よくよく通行している人たちを見れば、皆一様に良いものを見た、とでも言いそうな表情をしている。
「なるほど……」
人間の世界とは奥が深いものだ、と暗黒騎士さんは思う。
「さて、参ろうか。正面に見えるだろう? あれが、バイアラン城だ」
大通りとなる道路。
真っすぐに進んだ所にあるだろう城。
巨大で雄大なそれは、恐らく首都を見下ろせる高台にある。中央に陣取るように設置された城は、白亜と呼ぶに相応しい白さで城下を睥睨している。
「……あの、本当に、私、入っても、大丈夫?」
「不安そうにするな。アン殿の性格は把握している。何より私の存在が証明になる」
「そう、か?」
「そうだ。それよりも考えることは山のようにあるからな……恐らく、戦争になる」
「……え?」
「当然だろう。一国の姫君を連れ去り、さらには魔王軍と連なっているかもしれない。如何にガレスだからといってそれは避けられるものじゃない筈だ」
「そう、か……」
自分とは、関係がない。
そう思う。
それでも、今、この瞬間、関係が出来てしまったように思う。
そうなった時、自分はどうするのだろうか。
わからない。
わからないけれど。
それでも前に進むと決めたのだから。
暗黒騎士さんはリーゼリットと共に、人間の支配する帝国の門を潜った。
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