第20話暗黒騎士さん、騎士と共に

「――ん」


「起きたか」




 がばっ、と暗黒騎士さんは体を起こし、自分の腹の辺りをまさぐってみる。しかしそこに傷はなく、鎧を外されている以外に変化はなかった。


 がたがたと振動が背中に伝わってくる。暗黒騎士さんは、自分がどうやら木板の上――馬車の中に寝かされていると理解した。




「わた、私は、どれ程、眠って……た?」


「二日、だな」


「二日!? い、つつ……こ、ここは?」


「帝国に向かう馬車の中だ。アン殿、よく凌ぎ切った」




 すぐ近くに、鎧と剣が置かれているのを見て、暗黒騎士さんは胸を撫で下ろした。




「生きてた……?」


「いや、最後の一撃を防がれるとは思ってなかったがな」


「殺す気、だったの……!?」


「いや、寸止めするつもりだったが」


「それ、でも……!」




 そもそもそれが思い出せないのだ。


 自分はどうやって凌いだのか、全く理解出来ない。


 対応出来たような、出来なかったような……そこまで考えて、暗黒騎士さんははっとする。




「シルヴィア……様、は!?」


「……そんな呼び方を変える必要はないぞ? あの人はああ見えて寂しがり屋だからな。距離を取られていると思って寂しがるだろう」


「そう、なのか……? い、いや、そうでなく、て!」


「あの人なら、少なくとも最悪の結果にはならないだろうさ。ガレアに攫われたのなら、少なくとも死ぬということはない筈だ」


「な、なぜ……?」


「ガレアの王子が、シルヴィア様を気に入っているのだ。それに、わざわざ攫って行ったということは、少なくとも酷い目には合うまい。それに――」




 リーゼリットは胸元から魔石を取り出す。




「こいつがシルヴィア様が命の危険にあるかどうかは教えてくれる。今は、何もない。ならば大丈夫だろう」


「そんな、の!」




 信用していいのか。


 信用出来るのか。


 彼女が何を考えているのか、暗黒騎士さんにはわからない。




「信用出来ないと? ……まぁ、あの人も、その覚悟ぐらいはあるだろうさ」


「な、ぜ!」




 そこまで冷静なのか、と喉元まで言葉が出かける。




「私の主人は、正確に言えばバイアランの王なのだ。あくまでシルヴィア様に対する護衛だということだ。だから私は、冷静に判断出来る。彼女を護ることは優先事項であるが、最優先事項ではない。ならば私は、バイアラン帝国を危険に晒さない為。また、確実にガレアに対抗しなければならない……つまり」




 言葉を切る。


 言葉を選ぶかのように、リーゼリットは考える。




「戦争が起こる」




 言葉は重く、空気が少しだけ緊迫する。


 言葉が強い。強過ぎて、自分がまるで蚊帳の外のように感じる。


 暗黒騎士さん一人で、そのことに対応することさえ出来ないのだから。


 けれどそれでも、暗黒騎士さんには譲れないものがある。




「そう、か……」


「別にアン殿は参加しなくともよい。今ここで、馬車を降りても構わない」


「それ、でも!」




 それでも、だ。


 受けたものは最後までやり通す。


 それがたとえ成り行きであったとしても、自分でやると言ったならば、やらなければ嘘吐きになってしまう。




「わた、しは……ひき、受けたのだ……! シルヴィア、さんが……帝国に帰る、まで!」




 それが全部。


 自分がそうしたいと思ったのだ。




「そうか、ならば、いいか。そろそろバイアランに着く。覚悟だけしていて、少し休もうじゃないか」




 がらがらと二人を乗せた馬車が街道を往く。


 その先に、巨大な城門が見えた。まるでどこまでも続くかのような石垣が、左右に広がっている。まるで地平線の向こうまで連なっているように、左右に広がるそれは、帝国をすっぽりと覆い隠している。


 その巨大さに負けないくらいに大きい城が、城門の上から頭だけが覗いていた。




「あれが……バイアラン帝国……!」




 暗黒騎士さんがごくり、と息を飲む。


 そして、城門の前に、左右に広がる列を見た。


 城門の前に、長蛇の列が出来ている。誰かが入ろうとしている訳ではない。その列は動いていないのだから。その光景に、どこか違和感を覚えた。


 ――そう、その列は微動だにしないのだ。


 ぴくりとも動かず、城門を挟んで向かい合っている。


 少しずつ近付くにつれ、それが騎士たちであると、暗黒騎士さんは理解した。




「な、なぁ……あ、あれ、なに……?」


「ああ、出迎えだな。事前に伝えていたからな」




 出迎え? と暗黒騎士さんが疑問を頭に浮かべている間にも、馬車が近付いていき、そしてついに列の先端に到達した。


 ざ、と一斉に騎士たちが動いた。


 腹の辺りに柄を持ち、剣の腹を顔の方に向けて構える。それは暗黒騎士さんは知らないが、バイアラン流の敬礼だった。




『姐さん! お疲れ様っしたあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』




 声が重なる。


 いくつも、いくつも。


 重なり合う大合唱が空気を震わせて、暗黒騎士さんの鼓膜を襲う。


 思わず耳を塞ぐが、びりびりと耳を震わせるそれは防ぎきれることはない。


 目を白黒させながら、暗黒騎士さんはリーゼリットの方を見た。けれどそこにリーゼリットはいない。




「いない!?」




 悲鳴のような声が漏れる。


 リーゼリットはその時、馬車の御者台に体を覗かせていた。


 声援が大きくなる。




『姐さん! 姐さん! 姐さん! 姐さん!!!!!!』




 いくつも連なる大合唱。


 リーゼリットが手を振って答える。


 震える大気。


 渦巻く熱気。


 暗黒騎士さんはどうしたらいいのかわからず、馬車の中で耳を抑えて、小さく震えていた。




 ーーわたし、あそこに行くの?




 ぶっちゃけ引いていた。


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