第18話暗黒騎士さん、影と騎士道

 影が走る。


 まるで生きている人間であるかのように、野盗の姿をした影が剣を振りかざす。


 振り上げて、振り下ろす。単純な動作をただ繰り返すそれは、暗黒騎士さんであったも容易く見切ることは出来る。だがその数が増えればどうなるだろうか。四方八方からの振り下ろしは、対面の味方を考慮しない。影の一刀が影をすり抜け、暗黒騎士さんの剣に当たる。


 硬質な鉄がぶつかり合うような音が響く。


 何度も、何度も。影の刃は互いにぶつかることはなく、暗黒騎士さんの剣にのみ当たる。


 まるで檻に閉じ込められたような光景であった。




「――っ!」




 反撃に転じることが出来ない。


 暗黒騎士さんの剣は、その構えから切り上げて、振り下ろすのが基本である。それに則った戦い方しか知らない暗黒騎士さんには、防御することが精一杯で――そこから転じるには、誰かからの助けが必要なのだ。




「はっ!!」




 気合一閃。リーゼリットの剣が駆け抜ける。鋭い刃に抵抗感はない。まるで紙を裂くかのように、影の檻を切り開く。




「すまん……」


「気にするな」




 構えを整え、影に相対する。


 後ろ手に持った剣と、正面に構えた剣。


 対照的な構え。


 まるでそれは、魔に……闇に属するものと、光に属するものを体現しているかのようだった。




 共に駆け抜け、影を切り開く。


 いくら相手が、相手のことを考えずに戦えるからとはいえ、彼らは所詮、影なのだ。


 野盗の影は騎士二人に敵うことはない。


 切り裂かれ、千切れ飛び、影はその数を減らしていく。




 ――気付いた時には彼女たちの周囲には何もない。




 生まれた時と同じように、影は地面に沈んでいく。


 そこに何も残らない。


 彼らが生きた形跡さえも、残ることはなかった。




「逃げたか……」




 暗黒騎士さんが、影法師の消えた方を見て呟く。


 その瞬間、背後から首筋にかけて、剣の切先が伸びる。


 思わず硬直する。


 体が動かないし、冷や汗が流れる。




「さて」




 何もいなくなった森の中で、リーゼリットはその剣の切先を暗黒騎士さんに向けた。




「私はアン殿を疑う訳ではないが」




 暗黒騎士さんの首筋から剣が引き抜かれる。


 リーゼリットは後退し、改めて剣を構え直す。


 正眼に構えたそれは、まさしく王道を往く構え。


 正しさを体現する構え。




「それでもはっきりとさせておかないと気が済まない」




 恐る恐る、暗黒騎士さんは振り向いた。


 リーゼリットは動かない。ぴたりと止まった剣は暗黒騎士さんに向けられている。




「私は生憎と頭がよくないのでな……やはりアン殿のことを知るのなら、これしかないのだろう」




 逃がす気はない。


 背を向けた瞬間に、斬り込んでくるだろう勢いだ。


 どこにも隙はなく、また逃げようとしても瞬時に対応が出来る。


 暗黒騎士さんに出来るのは、前進か、後退のみだ。そして、後退は封じられた。残るのは、前進するのみだ。




「かかってこい、アン殿。その剣を以て、あなたがどういう想いを持っているのか証明してみせてくれ」




 息を吐く。


 一拍。


 暗黒騎士さんは剣を構える。


 反対の剣。


 真後ろに向けた、刀身を隠す構え。


 冷や汗は止まらない。けれど、そうすることでしか、この騎士は止まらないのだろう。ならば、前に進むしかない。




「……わかった」


「では、来い。何、先手は譲ろう」




 緊張感で吐きそうだ。


 リーゼリットは依然として動かない。ぴくりとも、だ。成る程、呪竜がどれだけ与しやすい相手だったのかよくわかる。


 同じ剣を扱うものとして相対するのなら、これ以上なく戦い難い。


 それでも、前に進むと決めたのだから。




 一足。


 二足。




 暗黒騎士さんが踏み出した。




「――っふ!」




 切り上げからの斬撃。瞬時にリーゼリットの懐まで駆け抜け、その勢いのままに剣を振るう。


 金属音。


 がぁん、と火花を散らす音と共に、剣が弾かれる。




「真っ直ぐだ……しかし、それだけでは勝てんぞ」




 一歩足りとも、リーゼリットは動かない。




「アン殿の剣は真っ直ぐだなぁ……きっとよい信念があるのだろう。私は何事があろうとも主人に忠誠を誓うことを信条としているが、アン殿はどうだ?」




 暗黒騎士さんに主人はいない。


 騎士であるのに仕えるべき主がいないのだ。


 ならば誰に従うべきだろうか。


 暗黒騎士さんは弱きを助け、強きを挫くことを信じ、戦ってきた。


 だけどそれを口に出せる程、自分は強くないのだ。




「……ふむ、ならばやはり私を打倒するところからだな。言っておくが、逃げることは許されんぞ?」


「騎士の恥、だから……」


「よくわかっている。ならばアン殿は騎士なのだろう。さぁ、来い。言っておくが、私は強いぞ?」




 言って、リーゼリットが初めて踏み込んだ。


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