第16話暗黒騎士さん、対峙する
「――ん」
もぞり、と身動ぎする。
シルヴィアは静かに目を覚ました。薄っすら開いた目に映るのは、昨晩見た天井ではなかった。また眠っていたベッドでさえない。
ひんやりと体に伝わってくるのは地面の冷たさで、目に映るのは生い茂った木々の間から見える青空だ。
――自分は、外にいる。
シルヴィアがそのことに気付くまで、そう時間はかからなかった。
「ここ――は?」
寝惚けた頭で、状況をうまく考えることが出来ない。
いや、そもそも自分はこんなに寝る人間だっただろうか。
「気が付いたか」
回転の遅い頭に、聞き覚えのある男の声が聞こえる。
「御者……さん?」
声の方に視線を向けると、そこには見覚えのある顔があった。見間違いがなければ、それは昨日殺害された筈の御者であった。シルヴィアは、その頭部に矢が刺さったのを見ていたのだ、間違いなく。
そのことを理解して、シルヴィアは目を見開いた。
逃げるように後退り、身を護るように両手でかき抱く。
「な、んでっ!?」
「おいおい、随分な反応だなぁ……」
御者の顔をした男が笑いながら答える。それは、彼女の知っている御者の笑みではない。彼女が知っているのは、朴訥とした田舎の青年のような笑みだ。断じて目の前の彼のように、嫌悪感を抱くような笑みではない。
「あなた――誰!?」
シルヴィアが鋭い声で問い掛ける。
「その問には、答える必要はないな。お姫さんよ、俺はお前を攫ってこいと命令されたんだ。王子様にな」
「王子様……? まさか、ガレスの!?」
「それは言えないな、お姫さん。もうちょっとだけ眠っててくれや」
男がすう、と指を伸ばす。そこからぼんやりとした影がシルヴィアを覆い隠し、そこでシルヴィアの意識は途絶えた。
「全く……殺さずに連れて来いだなんて、王子様も面倒なことを言うもんだ」
ぽつり、と男は呟いた。
◇
「ガレス帝国からの、見合い?」
「ああ……そうだ」
森の中を駆け抜けながら、赤髪の騎士、リーゼリットは答える。
「え……と、シルヴィア、さん、はいったい何者なんだ?」
「アン殿はバイアランの騎士は知っているのに、シルヴィア様は知らないのだな……」
「す、すまん……何分、田舎育ちで……」
「だとしても、だ。あまり公言するものではないだろうが……まぁ、アン殿なら、他言はしないだろう。シルヴィア様は、バイアランの第三皇女だ」
衝撃が暗黒騎士さんの頭の中を駆け抜けた。それならば、納得出来る。たった一人にバイアランの騎士を付ける、その意味を。文字通り、一騎当千の騎士を、たった一人に、だ。それだけの戦力が必要であり。それだけ、周知されてはならないのだ。
「以前からガレス帝国の王子は、シルヴィア様をいたく気に入られててな」
「そ、それ、でも……戦争中ではないのか?」
「正しくは、冷戦中、だ。シルヴィア様を迎え入れることで、戦争を手打ちにしよう、という訳だ」
それならそれで良いのではないか? と暗黒騎士さんは思う。どうであれ、戦争が終わり、民の損耗も抑えられる。強者が弱者を蹂躙することはなくなるのだから。
「だが、奴がそれで終わる筈もない。ガレスの王子は野心家だ。シルヴィア様の身柄と引き換えに何を要求されるかわかったもんじゃない」
「た……とえば?」
「ガレス帝国とバイアラン帝国の合併。聞こえは良いかも知らんが、敵を内側に入れるのと同じことだ。向こうは正式に令状を渡して来たのだから、断るにしてもシルヴィア様自らが赴かなければ、事実上、開戦となるだろう……今の状況でそうなれば、バイアランは終わる」
暗黒騎士さんには政治の話はわからない。
けれど状況が逼迫していることだけは、わかる。そして、今回のそれが、その帰りだったことも。ならば、自ずと答えは出る。
「ガレス、と……魔族が、手を組んでる?」
「かも知れないな」
汗一つかかずに、リーゼリットは答える。
その時、胸元に揺れる魔石が点滅を速めた。
「近いぞ!」
間も無く、そいつはそこにいた。リーゼリットは見覚えがある。馬車を操る御者の姿をした者。俵のようにシルヴィアを担ぎ上げ、醜悪な笑みをこちらに向けている。
「あれ? 随分速かったじゃないか。流石はバイアランの騎士、と言ったところかな」
男が意外そうに目を丸め、暗黒騎士さんの方を見て、言った。
「それに……なんだ、君は魔族じゃないか。どうしてそんな所にいるんだい?」
そんな、爆弾発言を投下した。
リーゼリットの目が見開かれ、暗黒騎士さんに向けられる。
暗黒騎士さんは冷や汗をだらだらと流しながら、硬直した。
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