第15話暗黒騎士さん、理解する
リーゼリットと二人、町を飛び出した。
目指すのは昨日、襲撃を受けた地点。
「私が彼らを向かわせなければ……」
悔やむ声は、やはり後悔に満ちている。
自分がそう望まなければ、彼らは死ぬことはなかったのだから。
「悔やむのは……あと」
「……そう、だな」
悔やんでも仕方がない。起こってしまったことは変わらない。ならば出来るのは、出来るだけ急ぐことだけ。彼が最後に通信してくれた、それを無駄にしない為に。
街道を駆け抜け、日が昇りきる頃、そこへ到着した。
到着した……筈だった。
「何もない……」
茫然とリーゼリットが呟く。
そこには何もなかった。昨日の馬車も、何もかも。埋めた後さえない。何もなかったかのように、昨日と同じ風が吹いている。
けれど暗黒騎士さんだけは理解する。
そこに残る、粘ついたような気持ちの悪い気配。それは間違いなく暗黒魔法がそこで使われたという気配だ。それがどんな魔法かまではわからないけれど、間違いはない。
それを伝えることは、憚られた。
暗黒属性の気配がわかるのは、間違いなく魔族に分類されるからだ。
そして、それを今ここでバラすということは、自分が魔族ですと言っているようなものだ。
暗黒騎士さんがそんなことを言ってしまえば、疑ってくださいと言っているのと同じ。何よりも、彼女はシルヴィアの一番近くにいた魔族なのだから。
リーゼリットに斬られても仕方がない。
「そんな馬鹿な……っ! 昨日の今日だぞ!? 何もない筈があるか!」
狼狽いし、周囲を見渡すリーゼリット。見たところで何も変わったものなどない。草木は変わらず風に靡いているし、血痕の一つも落ちていない。
それでも、何かないかと彼女は探し続ける。
暗黒騎士さんは地面に膝を付き、小さく残った黒い影を見つける。本当に小さな痕跡で、草の一部が削り取られたかのように丸く千切れている。
「……っ! 誰だ!?」
がさ、と森の近くの草むらで、何かが音を立てる。
気が立っていたのだろう、大型の動物かどうかも考えず、リーゼリットが剣を向ける。
「――――ひっ!」
確かに、その草むらから声がした。
男の声だ。
聞こえた瞬間、リーゼリットの体がかすむように消えた。次の瞬間、草むらの中にいた男の耳元に剣を突き付けた状態で彼女は出現した。
同時に、風が巻き上がり、彼女の通ったであろう道から草木が消える。
暗黒騎士さんにも、その男の姿がはっきりと見えた。
恐らく、昨日の野盗の一味の一人なのだろう。
尻もちをついて、茫然とした状態でリーゼリットを見上げている。
「貴様、野盗の中にいたな。ここで何をしている?」
驚くほど、冷徹な声であった。
「あ、あんた、き、昨日の、騎士さんか……! た、助けてくれよう……! みんな、みんな、殺されちまって、おれ、俺……っ!」
震える声で男は、予想と違った返答をした。
「何をしている……ではないな、その様子だと」
見れば男の股間部が濡れている。日が差さない草むらで乾かなかったのだろうか。
「そうだな、何を見た?」
その言葉に、おずおずと男は話し出す。
「皆、唆されたんだ。あいつは俺たちに力をくれるって言ってよぅ……本当にくれたんだ……俺はそんな得体の知れない力なんて胡散臭いって思ってたんだ……そもそもあいつは信用出来なかった……俺は、俺は、皆を放って逃げたんだ…………でも、気になって、見てたんだ……そしたら、そしたら、影が、影が全部、飲み込んで!」
男の言葉は支離滅裂であったが、暗黒騎士さんは一つの断定を得る。
暗黒魔法の中で、影の魔法を使う相手。
それがわかった所でどうしようもないのだけど。
「……どこかへ消えたんだ……」
「どこへ行ったかは、わからないのか?」
「知らねぇよ……ただ、攫ってきたお姫さん連れて、魔族領域に行くって……」
「そうか、わかった」
ぱん、と破裂するような音。
リーゼリットの剣が、男の首を斬り飛ばしたのだ。
「魔族に売ったか……」
「何も、そこまでしなくても……」
ころりと転がる男の首を見て、暗黒騎士さんが口を挟む。
「魔族に人を、我が主人を売ったのだ。当然だろう」
「そう、か。リーゼリット、影の魔法……それを使った移動に、ついて、知っていることがある」
「本当か!?」
がっくがっく、と暗黒騎士さんの肩を掴み揺さぶるリーゼリット。
「……い、移動する距離が……そんなに、長くないこと……が、多い、から……たぶ、ん、まだ……森の、中に……い、いい加減、止めて……」
「む、すまない。しかし、森の中、か。難しいな」
広大な森を、逐一探索するとなれば骨が折れる。
そんなことをしているうちに逃げられてしまうだろう。
「なにか、ないのか……? シルヴィア、さんの場所が、わかるものは……」
「なにか……あ」
リーゼリットが鎧の内側から取り出したもの。
それは彼女が通信用に用いていた魔石と似ている。
首飾りにしたそれは、薄っすらと点滅している。
「それは……?」
「シルヴィア様も同じものを持っている。魔力を流し込むことで、近付くにつれて反応するのだ……余り使わないものだからすっかり忘れていた」
暗黒騎士さんは気の毒そうに、殺された男に祈りを捧げる。
「点滅しているのなら、それ程離れていまい。行くぞ」
「……私もか!」
「まだ護衛の依頼は継続だろう?」
「そう、だな……」
出来れば行きたくない。
言葉から察するに、相手は魔族。それも、結構強い部類の。
行けば、死ぬ。
行かなければいい。
でもそれは、きっとこの騎士を裏切ることになるから。
「わかった……行こう」
暗黒騎士さんは決意する。
森の中は暗く、まるで捕食者のようにさえ見える。
二人は、哀れな獲物のように、森の中へと入っていった。
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