第14話暗黒騎士さん、新たな戦いに向け

 シルヴィアがいなくなったのだと、リーゼリットから聞いた。まるで、魔法でも使ったかのように、部屋を一切荒らすことなく、消えたのだと。




 朝、目を覚ましたリーゼリットは、いつも通りにシルヴィアを起こしに行ったらしい。ノックをすれど返事はなく、歩き疲れたのだと思い、しばらくその場で待っていたようだ。再度ノックを繰り返すも、返事はない。失礼だと思いつつ部屋の中に入るも、もぬけの殻。




 これはおかしいと思い、宿の食堂に顔を出すがそこにもいない。店主に話を聞いてみるも、やはり見覚えはない、と。二進も三進も行かなくなって、とうとう暗黒騎士さんのいる部屋にやってきたのだ。




 部屋の中央にちょこんと座り込んで、リーゼリットは項垂れる。




「すまない、恥ずかしい所を見せたな」


「いや……」




 気持ちはわかる。


 暗黒騎士さんだって、仕えるべき主人が消えてしまったら狼狽えるだろう。


 しかしどういうことだろうか。




「何も、痕跡とか……なかったのか?」


「ああ、なかった。抵抗した後さえもなかった」




 確かに、魔法のように、としか言い表せない状況だ。




 魔法の属性は五つある。


 火と水と風の三属性。


 そして光と暗黒の対立する二属性。


 魔族は基本的に暗黒属性を持つ。


 反対に人属は光属性が基本となっている。


 だから基本的に光と暗黒の属性に各自得意な属性を持つことになる。




 そして、誰にも気付かれず、人一人を攫っていく、なんて陰湿な属性とくれば自ずと定まってくる。


 だがそれはーー




「考えたくなかったが……やはり魔族か……くそッ!」




 だん! とリーゼリットが床に拳を打ち付ける。


 暗黒属性の魔法が使われたということは魔族が人の町に侵入していることを裏付ける証拠となる。それはつまり、こちら側のことがあちら側に筒抜け、ということだ。




「あの……」




 怒りに打ち震えるリーゼリットにおずおずと暗黒騎士さんは話しかける。




「なんだ! ……っとすまない。アン殿に当たっても仕方ないのにな」


「いえ……あの、シルヴィア……さん、は何者、なんだ?」


「ああ、知らないのか……それは」




 リーゼリットが言葉を繋げようとしたところで、彼女の持っている通信用の魔石が音を立てた。人の声。そう、男の声だ。




『リー、ゼ……様、ぜん、滅……です。気を……つけ……彼は、御者なんかじゃーーーー』


「おい、どうした!?」




 途切れ途切れの声で彼はリーゼリットに呼びかける。リーゼリットは彼の声に聞き覚えがあった。昨日、御者の弔いと、野盗の掃討を任せた駐屯部隊の隊長だ。


 リーゼリットが話しかけるよりも早く、ばきり、と破砕音が聞こえ、それきり魔石は音を発しなくなった。





















「おっと、危ないな」




 足の裏で兵士であった男の手を踏み躙りながら、彼は飄々と呟く。辺り一面に血の花が咲いていた。駐屯部隊であった兵士達は皆、地に伏していた。


 最後まで抵抗した隊長も、手を踏み躙られ、呻くだけで精一杯だ。




「き、さま……いつから……」


「さて、ね。君たちが感知しないうちから、だよ」




 弔われるべきであった、御者の男が笑みを浮かべる。次の瞬間、彼の影が伸び、隊長の体を貫いた。




「ほんと、人って脆いよね。なんで抵抗出来てるんだかわからないなぁ」




 呟く言葉は小さく、風に乗って消える。


 そこへ、野盗たちを率いた頭が顔を見せる。




「おっかねぇな、あんた……」


「どうとでも思えよ。それより、彼女は?」


「ああ、お陰様でぐっすりだよ。あんたから貰った力、こいつは最高だな! 誰にも気付かれねぇし盗み放題じゃねぇか!」




 野盗たちが一様に浮かべるのは、満面の笑みで、手に手に宝石や貴金属の類を持っている。先頭の二人が、抱えていた彼女を見せる。寝間着のままのシルヴィアだ。




「よくやってくれたよ……こうでもしなきゃ、あの騎士は目を離さないからね」


「けけけっ、当然だぜ。なぁほら、早くくれよ。依頼を達成したら、もっと力をくれるんだろう?」


「ああ、与えてやるさ」




 どっ、と、彼の影が破裂した。まるで針山を爆発させたみたいに、鋭く尖ったそれが爆散する。血煙が舞う。彼らの心臓に、一つ残らず撃ち込まれたそれは、必死の一撃。人間であるならば、耐えられる方がおかしい。


 シルヴィアを除いた全員が崩れ落ち、彼女が落下する前に、御者が受け止める。




「な、ん……で?」




 頭が、最後の息を振り絞る。




「なんでって、そりゃあ、そうだろう? 約束なんか、守る方が馬鹿なんだよ」




 御者であった男は笑う。


 ばくり、と彼の周囲を影が覆う。後には何も残らない。血の跡も、死体も、何もかもを影が覆い、飲み込んでいく。


 惨劇の跡も、何もない。


 誰もいなくなって。


 街道には、いつもの風が吹いていた。

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