第12話暗黒騎士さん、名前を考える

 御者と馬を弔い、後は近くの駐屯部隊に任せると、白銀の騎士は言った。通信用の魔石を耳元から外し、暗黒騎士さんと視線を合わせる。

 暗黒騎士さんはだらだらと大粒の汗を流し続ける。


 冗談ではない。


 流されるままに返事をしてしまったが、正直なところ勘弁して欲しかった。

 バイアランの騎士の名は、耳にタコが出来る程に聞かされている。最適な準備をして、複数人で取り掛かって、ようやく一人と対等に戦える程の戦力だ。

 そんな騎士と、こんな貧弱な装備で戦えるものか。

 幸い、自分の容姿は人間と似通っている。魔族だとバレるような行動をしない限り問題ないだろうとは思うのだけれど。


「えっと、余程疲れているようだが、大丈夫か?」

「だ……大丈夫……」

「そうか。それにしても中々の腕前だったな。余り見たことのない剣術だが、しっかりと基本を守っている。綺麗な剣だ」

「……ありがとう」

「その装備から見るに、駆け出しの冒険者だろうか?」


 暗黒騎士さんは自分の体を見下ろす。

 貧弱な装備である。

 まさかこの格好で騎士などとは、口が裂けても言えまい。


「そう……だ……村から……そう、村から出てきたばかりで……」

「成る程な。閉鎖的な村であるのなら、あなたの剣を見たことがないのも頷ける。ところで、あなたの名前は?」


 きた。

 きてしまった。

 その質問、想定していない訳ではなかったが、この騎士に、名前は言えないで通用するのだろうか。


「ねぇ、リーゼリット、兜を脱がないまま話すのは、どうなの? と私は思うのだけれど……」


 ここで、お姫様のような少女が白銀の騎士ーーリーゼリットというらしいーーを見上げ、言った。


「っと、これは失礼……ふぅ、私はリーゼリットという。こちらのシルヴィア様の護衛の騎士だ」

「シルヴィアです。どうぞよろしく」


 兜の下から現れたのは、美しい、赤髪の女性だ。まるで獅子を彷彿させるような勇ましい顔つきである。

 反面、少女ーーシルヴィアは可憐でまるで花のようだ。ふわりと摘んだドレスのスカートが、一層その可憐さを押し上げている。


「……え、と、あ……の」


 考えろ。考えるのだ、と自分を鼓舞する。なんとか誤魔化せる名前。暗黒騎士。私は暗黒騎士であるのだから。


「あ……アン、だ」


 変ではないだろう。

 少し、可愛らし過ぎる気がしないでもない。だが、そもそも考える程のバリエーションもない。


「アン殿だな、短い間になるかもしれないが、どうぞよろしく」

「こ……こちらこそ」


 ぎゅ、と手甲越しに握手を交わす。

 ん? とリーゼリットが暗黒騎士さんの手甲を見る。


「その手甲、いや足甲もだが、それだけを身につけているというのも、おかしな話だな」

「こ、これは……」

「作りもしっかりとしている。丁寧に手入れもされているようだ。大切に使っていたのだな」

「は、はぁ……」


 褒められてしまった。

 

「それではシルヴィア様、少し歩きますが、この先に町があった筈です。そこまで頑張って下さい」

「もう、リーゼリットったら……私、そんなに頼りなさそうに見えるのですか?」

「ええ、それはもう」

「もう……もう! リーゼリットったら!」

「はははっ、さぁ行きますよ。アン殿も」

「あ……はい」


 壊れた馬車を見やる。

 魔族……魔王軍との戦いは続いている筈なのに、どうして人間同士で殺し合いをしているんだろう。暗黒騎士さんには、わからなかった。

 人間という種族は、自分が思っている以上に複雑なのかもしれない。

 そう思いながら、後に続く。

 暗黒騎士さんの旅は、まだ始まったばかり。

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