第11話暗黒騎士さん、流れに身を任せる

 援軍は唐突にやって来た。


 シルヴィアを背に庇いながら、リーゼリットはその闖入者を伺う。


 野盗へと攻撃を加えたことから、恐らくは敵ではない。


 体にぴったりと張り付くような、鎧の下に着用するインナースーツに黒い手甲と足甲のみを身に付けた女だ。尋常ではない。




「……痴女、か?」


「痴女ではない!」



















 初めてだった。


 暗黒騎士さんは、初めて言い淀むことなく突っ込むことができた。


 確かにボディラインの出たスーツのみを着た女など、痴女でしかないだろう。


 だがしかし、それを、いま、ここで、いうか。




「おい、獲物が一人増えた所で関係ねぇ! お前ら楽しみが増えたぞ!!」




 野盗のお頭が仲間を鼓舞する。白銀の騎士を囲んでいたその半数が、暗黒騎士さんを取り囲む。


 野盗の瞳に映るのは、主に情欲であった。


 実に……




「……下衆、か」


「ああ!? んだとぉ!?」




 野盗の一人が暗黒騎士さんに斬りかかる。


 太刀筋はめちゃくちゃで、恐らくまともに剣術を習ったことがないのだろう。


 即座に剣を抜き、曲刀の一撃をいなすと、暗黒騎士さんはその懐に入り込んだ。腹部に当てた剣の柄を支点にぐるんと男の体を投げ飛ばす。




「こいつ……っ!」




 野盗たちの技術は、魔王軍の教官には全然及ばない。


 何より暗黒騎士さんは、先日呪竜と戦ったばかりだ。その経験は、無駄になっていない。野盗数人を相手にするより、呪竜一匹を相手にする方がよっぽど厳しい。




 武器を壊し、気絶させ、瞬く間に野盗供を退ける。


 一人、二人、三人、斬りかかってきた者を悉く斬り伏せる。


 その程度、暗黒騎士さんでも出来るのだ。




「退け!」




 どうやらお頭は頭が回るらしい。


 勝ち目がないとわかった瞬間、撤退命令を下す。


 見れば、白銀の騎士の方も既に多くの敵を倒している。


 それはそうだ。魔王軍との最前線、バイアランの騎士がこの程度の野盗に負ける筈がないのだ。




 暗黒騎士さんは目を向ける。


 追うか? との意味を込めて。白銀の騎士は首を横に振った。



















 助太刀にやってきた痴女ーーいや、痴女ではないらしいが、そうとしか思えないーーは中々の腕前だった。


 あまり見ない剣術を使うが、その動きは恐らく基本に忠実。何百回と繰り返した動きなのだろう。隙は見つけやすいが、それを野盗が行うのは酷だろう。




「リーゼリット……」




 シルヴィアがリーゼリットを見上げ、不安そうに瞳を揺らす。


 少なくとも、彼女は悪い人間ではないのだろう。




「すまない、助かった」


「……いや、こちらも、つい」




 感謝を述べると、どこか照れ臭そうに、彼女は視線を逸らした。


 慣れてないのだろう。




「ところで、その格好は? 何かあったのか?」


「いや、これは……」




 言い淀む。


 何かあったのだろう。




「あなたの名前は?」


「いや、それも……」




 これは本当に訳ありの人物のようだ。


 シルヴィアに視線を向けると、リーゼリットは驚く。


 シルヴィアが前に出て、彼女に話しかけたのだから。




「あ、あの!」


「……!」


「あの! 素晴らしい腕前でした! それで、ですね……ここで会ったのも何かの縁ですし……」




 嫌な予感をリーゼリットは感じていた。




「その……よかったら帝都まで、一緒に来ていただけませんか?」


「……!?」


「馬車も壊れてしまいましたし……私にはリーゼリット……こちらの騎士しかいないのです。新しい馬車を見つけるまでで良いので、どうか」




 お願いします、とシルヴィアが頭を下げる。


 リーゼリットは慌てた。一国の皇女が頭を下げるなど、と。


 しかし、その真摯な態度は目の前の彼女を動かした。




「わぁ! ありがとうございます!!」




 ゆっくりと頷いた彼女を見て、シルヴィアは花の咲いたような笑顔を浮かべた。


 しかし、リーゼリットは見抜いていた。彼女は口下手であると。そして、うっかり流されてしまったのだと。




 彼女は額から大粒の汗を流した。


 恐らく、どうしよう……と思っているに違いない。


 戦闘時との大きな違いに、リーゼリットは思わず笑みをこぼした。


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