第10話暗黒騎士さん、助太刀する
バイアラン帝国第三皇女、シルヴィア・バイアランの乗る馬車が襲撃されたのは、突然のことだった。
森の近くの街道沿いをゆったりとした速度で馬車は進んでいた。天気は良好で、気を抜くと居眠りでもしてしまいそうな陽気であった。
事実、シルヴィアは時折うとうと船を漕いでいた。金糸のような美しい髪が陽にすけて、その白磁のような肌の透明感が露わになる。まるで一枚の絵画を連想させるような光景は、何より平和な証である。
そんな平和な昼下がりに、それは突然起こった。
まず、御者が狙われた。
飛来した一本の矢が、その頭部を落とした。制御を失った馬は跳ね、そこにさらに矢が突き刺さる。馬が倒れ、馬車が横転する。ばらばらと砕け、破片が辺りに散らばった。
その直前、シルヴィアとその護衛の騎士、リーゼリットは馬車から飛び出した。シルヴィアを抱えたまま、地面に転がる。
あっという間に馬車は包囲された。シルヴィアのお忍びだったこともあり、少人数での移動だったのが仇となったのだ。
「……野盗か!」
リーゼリットがシルヴィアを背後に庇いながら、睨みつけるようにして声を漏らす。
森から現れた男たちの装備は決して良いものではない。質素で見窄らしいとも言える。だが、この状況でそれは油断には繋がらない。
「野盗とは随分だな」
まるで山賊の親玉を絵に描いたような男が声を上げる。周りの野盗と比べて、持っているものが違う。ナイフや曲刀が多い中、彼は肉切り包丁をその体型に合うように巨大化したかのような大剣を担いでいた。
「シルヴィア・バイアランで間違いないな?」
睨め付けるような瞳にシルヴィアは声を上げ、リーゼリットの背中に隠れる。
「だとしたら、どうだと言うんだ!」
「へっ、そう熱くなるなって。シルヴィア・バイアランの首をガレスに届けりゃ、俺らは晴れて大金持ちになれるってもんだ」
「貴様ら、ガレスの差し金か!?」
「いや……ただちーっとばかし賞金が出てんだよ」
下卑た笑い声が周囲から上がる。
リーゼリットは油断なく剣を構える。一人ならば、周囲を囲んだ二十人前後、切り抜けてみせる自信はある。
だがしかし、背後にシルヴィアを庇いながらなら話は別だ。
「くそっ」
「リーゼリット……」
「シルヴィア様、絶対に前に出ないで下さい!」
不安そうに揺れる瞳を見て、絶対に生きて返すとリーゼリットは心を決める。
野盗が号令を下す。
「行けお前らぁ!! 捉えたら何してもいいぞ!! なんせ首だけあればいいんだからなぁ!!」
絶望的な状況に、リーゼリットは歯噛みした。
◇
暗黒騎士さんはその様子をこっそりと見ていた。すぐにでも助太刀したい。だけど。
「わ……き、騎士だぁ……本物の騎士だぁ……」
しかもあの白銀の鎧は、魔王軍の宿敵、帝国バイアランではないか。魔王軍の講義で何度か名前を耳にしたことがある。
なんでこんな所に。
暗黒騎士さんは葛藤する。
魔族としてすべきことは、彼女たちを討ち取ること。けれど騎士としてならば、彼女たちを護らなければならない。
「どうしよう……どうしよう」
幸いにも暗黒騎士の鎧は、今や手甲と足甲だけ。インナースーツのみだから、きっと暗黒騎士だとは思われないだろう。けどもしかしたらバレるかもしれない。
しかも、見るからにお姫様みたいな女の子の護衛なのだ。それはもう、やばいってもんじゃない。
「けど……」
リストラされたのだ。
もう自由なのだ。自分の信念に従うことに迷う必要が、果たしてあるのだろうか。
暗黒騎士さんは腹を決める。
見ればやはり多勢に無勢。徐々にではあるが白銀の騎士は追い込まれつつあった。
ここで迷う必要はない。自身の騎士道を信じて一歩踏み出せ。
「……はぁ!」
とりあえず、一番近くにいた男に飛び蹴りをかました。
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