第8話暗黒騎士さん、逃げ出した
亡骸となった呪竜。
その体は、まるで溶けるかのように消えていく。世界に満ちる魔力に溶けて、また輪廻する。死ねば魔力に戻るのが、魔族の宿命だ。
「リナリィ」
「…………」
「リナリィ?」
「っ….…あ、騎士、さま? さっきの魔物は?」
「倒した……これで、よくなる」
見上げてくるリナリィを尻目に、暗黒騎士さんは剣を鞘に納める。
それにしても、さっきの力は何だったのか、と暗黒騎士さんは思う。
噂では自身のあり方の変化、状態の変化、成長、そのようなことが起こった時、世界から声が聞こえるのだ、と聞いたことがある。
今まで一度も聞いたことがなかったから眉唾だと思っていた。
あの声は、なんと言っていただろうか。確か、信仰がどうのこうのとか。
暗黒騎士さんは言いようのない気持ち悪さを感じていた。
まるで自分のあり方が根本から変わっているのに、それを認識できない気持ち悪さ。
自分がなんだかわからなくなるような。
「騎士さま? どうしたの?」
「……い、いや……なんでも、ない」
じーっとこちらを覗き込むような瞳に、思わず顔を逸らす。元来、暗黒騎士さんは人見知りなのだ。
「これで……多分、大丈夫だと思う」
「え?」
「じゃあね……ドナティによろしく……」
正しく、脱兎の如く、地面を踏み砕かんばかりの勢いで、暗黒騎士さんは森に向かって飛び込んだ。
止める暇もなかった。
伸ばした手を彷徨わせながら、リナリィはぽつりと呟く。
「ーーでも鎧、ちょっと悪役みたい……」
それでも、かっこよかったなぁって思う。
後でドナティに教えてあげよう。あの子はこういうの、好きだから。
◇
「はぁ……せめて食事くらい貰えたらよかったなぁ……」
また森の中を歩きながら、暗黒騎士さんはぽつり。
幸いにも傷は深くない。
けれど腹は減るのだ。
歩きながら、食べられそうな木の実を摘み取り食料を確保していく。もう片方の手で落ちている枝を拾って、今夜の宿を探す。
当てのない旅。旅といえるほどきちんとしたものではないけれど。そも、行く当てもなければ、どこにもいられない。大きな街に行けば、騎士や戦士、冒険者で暗黒騎士を知らないものはいないだろう。
考えるだけでため息が出る。
丁度いい大きさの樹を見つけたので、その根元に腰を下ろす。
拾ってきた枯れ枝を使って焚き火を作る。炎の魔法は便利だ。
兜を脱いで、拾ってきた木の実を口にする。
「今日は……勝てたんだな……」
実戦経験のない自分が勝てたのはまず奇跡。
例え得体の知れない力のおかげだとしても。
それでも。
「……ふふ」
今日は、いい夢が見られそうだ、と思う。
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