第8話暗黒騎士さん、逃げ出した


 亡骸となった呪竜。

 その体は、まるで溶けるかのように消えていく。世界に満ちる魔力に溶けて、また輪廻する。死ねば魔力に戻るのが、魔族の宿命だ。


「リナリィ」

「…………」

「リナリィ?」

「っ….…あ、騎士、さま? さっきの魔物は?」

「倒した……これで、よくなる」


 見上げてくるリナリィを尻目に、暗黒騎士さんは剣を鞘に納める。

 

 それにしても、さっきの力は何だったのか、と暗黒騎士さんは思う。

 噂では自身のあり方の変化、状態の変化、成長、そのようなことが起こった時、世界から声が聞こえるのだ、と聞いたことがある。

 今まで一度も聞いたことがなかったから眉唾だと思っていた。

 あの声は、なんと言っていただろうか。確か、信仰がどうのこうのとか。

 暗黒騎士さんは言いようのない気持ち悪さを感じていた。


 まるで自分のあり方が根本から変わっているのに、それを認識できない気持ち悪さ。

 自分がなんだかわからなくなるような。


「騎士さま? どうしたの?」

「……い、いや……なんでも、ない」


 じーっとこちらを覗き込むような瞳に、思わず顔を逸らす。元来、暗黒騎士さんは人見知りなのだ。


「これで……多分、大丈夫だと思う」

「え?」

「じゃあね……ドナティによろしく……」


 正しく、脱兎の如く、地面を踏み砕かんばかりの勢いで、暗黒騎士さんは森に向かって飛び込んだ。

 止める暇もなかった。

 伸ばした手を彷徨わせながら、リナリィはぽつりと呟く。


「ーーでも鎧、ちょっと悪役みたい……」


 それでも、かっこよかったなぁって思う。

 後でドナティに教えてあげよう。あの子はこういうの、好きだから。









「はぁ……せめて食事くらい貰えたらよかったなぁ……」


 また森の中を歩きながら、暗黒騎士さんはぽつり。

 幸いにも傷は深くない。

 けれど腹は減るのだ。


 歩きながら、食べられそうな木の実を摘み取り食料を確保していく。もう片方の手で落ちている枝を拾って、今夜の宿を探す。

 当てのない旅。旅といえるほどきちんとしたものではないけれど。そも、行く当てもなければ、どこにもいられない。大きな街に行けば、騎士や戦士、冒険者で暗黒騎士を知らないものはいないだろう。

 

 考えるだけでため息が出る。

 丁度いい大きさの樹を見つけたので、その根元に腰を下ろす。

 拾ってきた枯れ枝を使って焚き火を作る。炎の魔法は便利だ。


 兜を脱いで、拾ってきた木の実を口にする。


「今日は……勝てたんだな……」


 実戦経験のない自分が勝てたのはまず奇跡。

 例え得体の知れない力のおかげだとしても。

 それでも。


「……ふふ」


 今日は、いい夢が見られそうだ、と思う。

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