現代病床雨月物語    第二十三話 「民とマリア観音(その四) 魔王・織田信長に天誅を下した明智光秀の役割とは何だったのか」 秋山 雪舟

秋山 雪舟

「民とマリア観音(その四) 魔王・織田信長に天誅を下した明智光秀の役割とは何だったのか」

 私は、天誅とはある人間が同じ時間と空間に存在しては困るときに天になり代わり(自分が神の代理人と思い込み)人間が下す行為だと思っています。

 信長の政治姿勢は、長い権力闘争の歴史で培われた畿内ではあまりにも乱暴・残虐で公家・宗教家・武家勢力の肌に合わないものでした。その中でもいち早く行動を起こしたのが松永久秀でした。この辺りから信長の神(デウス)への野望の歯車が微妙にくい違い始めました。

 明智光秀は、『本能寺の変』(一五八二年=天正一〇年六月二日)で信長に天誅を下しました。しかしその後に、光秀への賛同者が少なく、多くの武将がしばらく事態の推移を見守っていました。それは主だった信長の家臣達の動きを見定めるためでありました。また光秀と関係の深い細川藤孝(幽霊)の名が聞こえてこなかったからであります。信長に天誅を下した光秀の運命は、細川藤孝(幽霊)の賛同を得られず一部の武将と一部の畿内のキリシタン勢力で山崎の天王山の戦いで秀吉に敗北することになります。

 この時の事でよく語られる秀吉の『中国大返し』には理由があります。それは秀吉配下のキリシタン勢力による情報でした。黒田官兵衛(シメオン)が秀吉に「これで天下が転がりこんできた」と語ったと言われています。これは偶然ではなく多くの武将やキリシタン勢力が「いつかはこうなるのではないか」と思っていたからです。それはこれまでに畿内の松永久秀や荒木村重の信長傘下の有力武将の謀反があったからです。またこの時のキリシタン勢力の分裂による衰えが後の伴天連追放令(一五八七年=天正一五年)や朝鮮出兵への秀吉の暴走を止める事が出来なくなるのです。

明智光秀が天誅を下すことの役割は、信長が天下無敵の魔王的存在であった時にもう信長傘下の武将しか信長を倒す事が出来ないという唯一の可能性に賭けたことです。

私は、夜叉に仏の道を歩ませたブッダの行為に少し似ていると思っています。夜叉は自らは子沢山でありながら人の子をさらい食い殺す残虐性を持っていました。ブッダが密かに夜叉の子を一人さらったとき泣き叫びながら必死で自分の子を探しました。ブッタはさらった子を夜叉に返し「自分の子がさらわれるとお前が泣き叫んだようにお前もさらわれた母の気持ちが解かっただろう。」と諭しました。それ以降、夜叉は子供をさらうことをやめブッダの教えを守ります。明智光秀は、このブッダの様な役割をして公家・宗教者・武家達の目を覚まさせたのです。しかし魔王になった信長はその当時の誰も諭すことはとうていできず明智光秀が天誅を下したのです。私は信長自身も戦国の世なのでいつかこの日が来るのではないかと頭の片隅で思っていたと思います。だから襲撃者が明智光秀と聞き「是非もなき」と言ったのです。

最後に、明智光秀の資料が少ないのは豊臣秀吉が総てを廃棄したからです。それは秀吉に味方したキリシタン勢力(黒田官兵衛=シメオン等)も同じ立場でした。明智光秀に味方したキリシタン達は神(デウス)になろうとした信長に神(デウス)を冒涜する存在であると思っていたので明智光秀による天誅は聖戦とみなし光秀方につきました。私の夢に出て来たキリシタンも明智光秀のことを語るのを避けていました。そこだけが抜け落ちていました。とりわけ光秀の出自とキリシタンとの関係の痕跡を徹底的に廃棄しました。もしこの資料が現存するなら戦国時代の謎(ミッシング・リンク)を解き明かす大切な第一級の資料となります。この豊臣秀吉の政策が徳川政権になりもっと陰湿に巧妙に引き継がれることになります。

私が明智光秀の事を考える時は、同じ夢を見ます。それは私自信が朝方の砂浜にたっておそらく海の方に向かって佇んでいるのです。はっきり言えないのは私のまわりには深い霧が立ちこめていて方角が解からず砂浜に打ち寄せる一定した波音で海の方角を判断したからです。深い霧は一向に消えず耳を澄ましていると波音の他に心に響くような物悲しい「霧笛」の音が聞こえて来るのです。私は、その音を聞くと明智光秀が本当はこうなんだと静かに語っているように感じました。

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