フクロウの恩返し

篠也マシン

本編

 昔々、ある所に内向的な少女がいた。少女はその性格をクラスメイトにからかわれ、いつしか人間嫌いになった。少女が心を開くのは動物だけだった。

 動物の中でも特に鳥が好きだった。学校ではセキセイインコやチャボを飼っていた。彼らは餌をやる時は近づいてきたが、それ以外の時は干渉してくることはない。彼女の性格をあれこれ言う人間たちと違い、適度な距離感で接する彼らといるのはとても心地よかった。

 鳥のような人間がいたらいいのに、と彼女は思った。彼女はそれを「鳥人間」と名付けて探した。しかし、周りの人間たちは干渉するか無視するかのどちらかだった。また、そんな名前のコンテストがテレビで放映されることを知り、ワクワクして眺めたが、全く異なる内容でがっかりしたこともあった。

 少女は成長するにつれて周りとうまく接することができるようになったが、親しい友人も恋人もできなかった。遠方の大学に通うことになり、小さなマンションで一人暮らしをすることになった。

 そして、少女は私になった。


「あー、やっぱフクロウって最高」

 私は部屋でスマートフォンを開き、フクロウの動画を眺めている。鳥の中でも最近はフクロウ推しだ。丸い体に理知的な顔。思わずよだれが出てしまう。

 時計を見ると午後六時。そろそろバイトに行く時間だ。バイト先に向かっていると、一際目立つ家が見えてくる。雰囲気のある立派な洋館で、私は「魔法魔術学校」と名付けている。フクロウを飼っているメガネの少年が今にも飛び出してきそうなのだ。

 ふと、洋館の向かいにある小さな公園を見ると、地面に白い物が落ちている。不思議に思って近づくと、それはモフモフした毛の固まりだった。手を伸ばそうとした瞬間、それはくるりと回転し、私をまじまじと見つめてくる。

「フ、フクロウじゃないですか!」

 そこにいたのは真っ白毛のフクロウ。動画では感じられないリアルのかわいさに悶絶してしまう。さて、早速お持ち帰りさせて頂きましょう。警戒心を緩めようと「ホッ、ホッ、ホッ」と鳴き声を真似て、持ち上げようとする。

 落ち着け、私。冷静になれ。こんなラッキースケベ的な展開があるわけないだろう。よく見ると、足環がついており、どこかに飼わているようだ。それに足や翼に紐が絡まっており、もがいている。悪戦苦闘しながら紐を外してあげると、フクロウはようやく起き上がる。

『なんと フクロウが おきあがり なかまに なりたそうに こちらをみている!』というメッセージが脳内に表示されたので、『はい』を連打。ゆっくりと持ち上げて足環を見ると、住所が書かれてある。やれやれ、どうやら魔法魔術学校出身らしい。

 洋館のインターホンを鳴らすと、身なりの良い御婦人が出てくる。

「まあ、シロウ!」

 私に抱えられているフクロウを見て驚く。どうやら『シロウ』という名前らしい。いつの間にかいなくなり、家の中を必死に探していたとのこと。まさか外に逃げ出したとは思わなかったらしい。私はフクロウが紐に絡まり動けなくなっていたことを告げる。

「趣味の編み物のせいかしら」

 と御婦人は沈んだ表情になる。そのような趣味はフクロウが来る部屋ではしないように、と私はため息をつく。

「それでは、バイトに遅れてしまうので」

 立ち去ろうとすると、彼女に呼び止められる。

「シロウを助けてくださり、本当にありがとうございます。ぜひ御礼をしたいのでお名前と連絡先を教えてくださいませんか?」

 名乗るほどのものではございません、と言いたい所であったが、お金持ち、かつフクロウ持ちの御礼という誘惑に耐えきれず、名前と住所を教えるのであった。


 あれから一月ほど経った頃、部屋のインターホンが鳴る。御婦人からの御礼品が来たのでは、と急いで玄関扉を開ける。しかし、そこにいたのは若い男性。色白の細身の体に真っ白な服装。彼はにっこりと笑う。

「隣の部屋に引っ越してきた者です。よろしくお願いします」

「……どうも」

 予想外の状況であったため、言葉の端に冷たさが出てしまう。しかし、彼は意に介さず、笑みを浮かべたまま部屋へ戻っていく。

 部屋に戻り、先程の男性のことを考える。思わず出てしまう私の冷たい言動は、人間嫌いな性格の影響だ。これまで何人もの相手を不快にさせて来たが、彼は少し違うようだ。名前はなんと言ったか。

「――シロウ」

 偶然にもあの助けたフクロウと同じ。真っ白な服装を着ているなんて、あまりにも意味深に思えた。

 生活リズムが似ているのか、シロウ君とはよく顔を合わせた。どうやら同じ大学生らしい。実家からも通えるのだが、自分の力で生活したくなったらしい。

 彼はこれまで私と出会い、通り過ぎていった人間たちと異なり、適度な距離感というものを知っていた。ゴミを運んでいる時に出会うと、さっと手伝い去っていく。バイトから疲れて帰ってきた時に出会うと「お疲れ様」と一言交わして去っていく。まさに理想である「鳥人間」を体現した存在と言えた。

 もしかして、御婦人の御礼とは彼のことではないのか。彼女は魔法使いで、私の人間嫌いを治そうと、フクロウのシロウ君を遣わした。昔話にある『鶴の恩返し』ならぬ『フクロウの恩返し』。そんなわけないと思いつつ、シロウ君の存在に戸惑うのだった。


 そんなモヤモヤした気持ちが続いていたある日、シロウ君とすれ違った時、彼の肩に何かが付いていた。

「肩に何かついているよ」

 真っ白い羽毛。助けたフクロウと同じもの。彼は慌てて羽をはらう。

「はは、いつの間についたのかな」

 いつもなら少し会話するのだが、彼は焦った表情をして去っていく。私は落ちた羽を手に取る。懐かしい手触りの羽。やはり、彼はあの助けたフクロウなのだ。

 シロウ君がフクロウであると分かると、モヤモヤした気持ちは無くなった。人間嫌いの私が好ましく思ったのも彼がフクロウであるからなのだ。

 それから、シロウ君との仲は急速に深まっていった。外で食事をしたり、余った手料理を届けたりした。肉じゃがより、ネズミの方が良いのではと思ったが、美味しそうにパクパク食べてくれた。その喜ぶ顔を見て、私は気づく。どうやら彼のことを好きになったらしい。

「あなたのことが好きです。付き合ってくれませんか?」

 彼とデートをした帰り道、意を決して私は告白した。彼はこれまでにない笑顔を見せる。

「ありがとう。本当に嬉しい。返事はもちろんOKだよ」

 しかし、すぐ様沈んだ表情になる。

「ただし、その前に隠していたことを話さないといけない」

 私はうなずく。

「ええ、私もうすうす気づいていたの。本当のことを教えてほしい」

 その言葉に彼はとても驚く。

「明日夜、僕の部屋に来てくれ」

 彼は自分の部屋の扉を開ける。すると強い風が吹いた。

「――フクロに会わせるよ」

 その声は小さく、風にかき消されてしまうほどであった。


 次の日、私は約束の時間に彼の部屋を訪ねる。しかし、インターホンを押しても何の応答もない。不思議に思っていると部屋の中から何かが聞こえてくる。

「ホッ、ホッ、ホッ……」

 フクロウの鳴き声。ドアのノブを回すと、扉がゆっくりと開く。鍵はかかっていないようだ。真っ暗な部屋の中を進み、電気をつける。

 部屋の真ん中にあるテーブル。その上にあの白いフクロウが静かに佇んでいた。

「やっぱりあなたがシロウ君だったのね」

 顔よくよく眺めると、どことなく彼の顔の面影がある。

「ホッ、ホッ、ホッ」

 シロウ君は嬉しそうに鳴く。フクロウ形態の時は人間の言葉は話せないらしい。私は動画で仕入れた知識を元に、手を羽ばたかせて「ホッ、ホッ、ホッ」と鳴き真似をする。もし彼と結婚した場合、子供は卵から生まれるのかしら、と妄想していると、横から声をかけられる。

「あのー、何しているの?」

 そこにはシロウ君(人間形態)と洋館の御婦人が立っている。フクロウの動きをしている私は完全に時間停止する。なんだこれ。

「――これは一体どういうことなんでしょうか!」

 叫ぶ私を見て、二人はぽかんと口を開けた。


「だから昨日『お袋に会わせるよ』って言ったじゃないか」

 シロウ君の横で、御婦人がニコニコとフクロウを撫でている。『フクロウ』ではなく『お袋』の聞き間違いだったらしい。真相はこうだ。

 フクロウを助けた時、御婦人と話す私を見て、彼は一目ぼれしたらしい。そして、教えてもらった連絡先を盗み見て、隣の部屋で一人暮らしを始めた。全く、私が好きにならなかったらただのストーカーではないか。

 フクロウは、シロウ君に似ているからと御婦人が飼い始めたようで、似ているの当たり前だ。肩に羽がついてたのも、実家でフクロウと遊んでいたから。ばれるとストーカー扱いされると思ったので、相当焦ったらしい。

「はい、約束の御礼よ。時間がかかって申し訳なかったけど、これから寒い季節になるだろうから、はりきって作っちゃったわ」

 御婦人はお手製のブランケットを私にくれる。鶴の折った布に負けない、素敵な編み物だった。

 なお、今日はサプライズでフクロウと対面させる計画だったようだ。だが、肝心の御礼の品を持って来るのを忘れて、二人で急ぎ取り戻っていた所、私に部屋に入られた。鍵を閉め忘れるとは、何ともそそっかしい親子だ。


 それから、シロウ君と付き合う中で人間嫌いは治り、仲の良い友人もできた。その後、シロウ君と結婚することになり、幸い子供にも恵まれた。もちろん、子供は卵から生まれなかったことを報告しておく。今では洋館に住まわせてもらい、二人のシロウ君との生活を楽しんでいる。

 ある日の朝、いつものようにシロウ君が仕事に行くのを見送る。部屋で静かに眠るシロウ君と子供を眺めていると、ふと思う。あれはやはり魔法だったのではないかと。

 私は小さく笑みを浮かべる。そうして、私たちは末永く幸せにくらしましたとさ。めでたし。めでたし。

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フクロウの恩返し 篠也マシン @sasayamashin

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