習作:彼氏のところまで飛んだフクロウの話
取根林檎
短編
私は冷たくなった自分の手を温めるように息を吐いた。
二月のまだまだ寒い東京駅。新幹線の発着する二十二番線。私と総悟はそこで次に来る新幹線を待っていた。
ホームはいろんな人で溢れかえって、すれ違うのも一苦労する。やっぱりもうすぐ卒業シーズンだからかな。
「……本当に行っちゃうの?」
「ごめん。向こうでちゃんと電話もする。たまに奈津美にも会いに行く。だから……」
「ううん、あたしの方こそごめんね。こんなこと聞いて……」
そういって私はまた下を向いた。お見送りは笑顔でって決めていたのに。
今日は私の彼氏が青森にある大学に進学するため、今日ここを旅立つんだ。私は来年受験だから、ここで見送ることしかできない。
「そうだ、これプレゼントしとくよ」
そういわれて彼が差し出したのは、大きなフクロウのぬいぐるみ。両手で抱えられるくらいには大きい。
「これ、フクロウ?」
「そう。フクロウってさ、縁起物なんだって。【不苦労】とか【福来郎】とかって言い換えられるんだと」
そう言って彼は私にぬいぐるみに同伴した紙を見せた。確かに縁起物として昔から言われていたみたい。
「だからこれをさ、俺だと思ってれば寂しくないだろ。だから元気出せって」
「……ふふっ、何それ。まるで総悟がフクロウだって言ってるみたいじゃん」
「な、笑うなよ。エキナカで売ってたのこれぐらいだったんだぞ」
「あはは、ごめんごめん。でもちょっと元気になったかな」
私は彼からもらったフクロウのぬいぐるみを、両手で大事そうに抱えると笑顔で答えた。
ホームの車掌のアナウンスが聞こえる。もうすぐ彼とのしばしの別れが訪れる。
「向こうでも元気でね。私、もしかしたら毎日電話しちゃうかも」
「さすがに毎日電話されても出られないぞ」
「ちょっと。そこは嘘でも毎日出るからっていうところでしょ」
新幹線がホームに入ってきた。彼はまた私に背を向けた。新幹線が止まりきって中に入っていく。
「それじゃ、またな」
「うん。すぐにそっちに行くからね」
扉が閉まりゆっくりと進んでいく。精一杯手を振っているけど私の顔は笑顔かな?
来年はどうなっているだろう? 彼と同じ大学に行けるかな?
ううん。大丈夫。私ならきっとできるもん。受験勉強、頑張らなきゃ
―――そして絶対に彼に会いに行くんだ。
□■
数か月たって―――
私は高校三年生になった。彼は大学の医学部へ進学。いつも毎日忙しいみたいだけど、毎日数分でも電話してくれた。なんだかんだ言って優しいんだから。
夏になると私の方から青森へ彼に会いに行った。新幹線なんて初めて乗ったけど、意外とすぐで新鮮だった。美術館に行ったり、ねぶた祭りを見たり、おいしいものも食べたし。
私たちは離れていても楽しかった。
―――なのに
「なのに最近全然ライン返って来ない!」
そう。最近になって全く連絡が遅い。というか既読無視されるときもある。
電話をしてもほとんどが留守電。「どうしたの?」と聞いても「大丈夫。なんでもないから」とそっけない返事ばかり。
だったらもう一回アパートまで押しかけてやろうかと思ったが、流石にそんな事彼氏でもできない。
やっぱり私のことなんて飽きちゃったのかなぁ。
遠距離恋愛って長く続かないっていうし。それに毎日しつこく電話しちゃったし。
大学で新しい好きな人でもできちゃったかもしれない……。
「せっかく私も同じ大学に行けるようにって頑張ったのに」
マイナス思考で悶々と考えだすと、急に心寂しく感じてくる。私はベッドに横になって、彼からもらったフクロウのぬいぐるみをギュッ、と抱いた。
彼からもらったぬいぐるみ。総悟は自分だと思って大切にって言っていたけど、もし他に彼女がいたならと思うと不安でたまらない。
「会いたいなぁ……」
ふとつぶやきが漏れる。私はさらにギュッとフクロウを抱きしめた。すると―――
「い、いだだだ! ゛痛いホーッ!」
「え!? 何々!?」
私はびっくりしてフクロウを投げてしまった。そのままフクロウは壁に激突! 「グハッ!」と断末魔を上げて地面に落ちた。
「痛ったたたた……。ひどいホー、奈津美……。締め上げた挙句に投げるだなんて……」
「え……、フクロウのぬいぐるみが……」
そう。ぬいぐるみであるはずのフクロウが動いていた! しかも私と同じ人間の言葉を話している!
ぬいぐるみはゆっくり起き上がると、私のいるベットまで飛んで来た。
「酷いホー! 奈津美! いくら何でも痛いホー!」
「は、はい。ごめんなさい……」
私はあっけにとられてすごすごと謝った。
「わかったなら、もう今度はしないで欲しいホー」
「はい……。ってなんでぬいぐるみがしゃべってるの? ていうかなんで私の名前まで知ってるの?」
フクロウの顔まで近づくと、そいつに問い詰めていく。なんだ一体こいつは。
「そりゃフクロウだから喋るホー。それにいつも部屋にいれば奈津美の名前も自然に覚えるホー。フクロウって【森の賢者】って呼ばれてるんだホー」
そんななに当たり前なこと言ってるんだって言われても、こっちは困る。私があっけにとられて困った顔をしていると、お構いなしにフクロウが近寄って聞いてきた。
「それで、なんで奈津美はボクを絞め殺そうとしたホー?」
「絞め殺そうなんて……。まぁいいやあのね……」
私は自分が悩んでいたことをすべてフクロウに話した。もう別に話してもいいと思ったし、ずっと部屋にいるぬいぐるみだし。隠す必要もないと思ったからだ。
しかし。全部話し終えると、そのフクロウは遠慮もせず笑いながら、
「なぁんだ、だったら最初っからボクに言ってくれればいいのに」
と一言。
「何とかできるの?」
「任せるホー。君の彼氏を見に行く方法があるホー」
そういうとフクロウはおもむろに私の膝に乗ると、私のお腹あたりをトントンと三回、くちばしで叩いた。すると秒も経たないうちに私の体は人間の体を失い、目線も低くなっていた。
「鏡を見るホー」
そう言われ部屋に会った鏡を見ると、私の体は人間じゃなくフクロウになっていたのだ。
毛並みはそれなりに整っていて綺麗。それでいてちょこんと両足で立っているのがまたキュート。でも羽を広げると鏡のも一緒に動く。これが私?
「よーし、これで君の彼氏君を追いかけようホー!」
□■
部屋を何とかして飛び出した私とフクロウは、何とか生えている翼を頼りに、空を飛んでいた。フクロウは渡り鳥でもあるから長い距離でも大丈夫だけど、果たして彼に会えるんだろうか。
こんな広大な場所でそう簡単に見つかるはずないのに。
「とりあえず駅に行ってみるホー。いつも言っていたよね。駅からくるって」
そうだ。いつも私が総悟を迎えに行くときは駅に行くって、部屋でも言っていた。でも総悟が都合よくこんなところにいるわけが……。
「あ、いた!」
ちょうど新幹線からホームに下りたところ。彼が大きな荷物を引っ張りながら歩いていた。意外と目が見えるのかはっきり見えた。ホームの電柱に止まっていてよかった……。
「ん? でもあの女性……、誰だろう?」
総悟の隣を歩いていたのは、私も知らないような女性だった。しかも楽しそうに談笑しながら。
「……」
「奈津美?」
「……、ん。どうしたの?」
「大丈夫かホー?」
「……大丈夫」
大丈夫なんかじゃない。総悟のあんなところを見てしまったんだから。
胸がチクチクと痛む。もやもやして本当につらい。
やっぱり予想は的中した。総悟は向こうで新しい彼女を作っちゃったんだ。
私となんてもうどうでもいいんだろう。
しばらく私は総悟とその女性の二人が改札に向かうのを、ゆっくりとみていた。
「奈津美、追いかけるホー」
「え? でも、もう総悟はほかの女性と……」
「言ったでしょ、追いかけるって。最後まで彼のこと追いかけるホー」
大丈夫。ボクたち人間には見えないから、と言って、フクロウは先に二人を追いかけるように飛んで行ってしまった。
「待ってよ!」
私も見失わないようにして飛んでいく。
二人は東京駅の改札を抜けると、まっすぐにエキナカへ。私とフクロウも追いかけるが、どうも本当に他の人には見えてないらしい。
「ここは……」
二人がいた場所はエキナカのキャラクター店。いろんなぬいぐるみやグッズが売られていた。その中で総悟と女性がいたのは、大きなフクロウのぬいぐるみが置かれたワゴン。
総悟はその一つを手に取った。
「これが目的の品? よかったね」
「ああ、それよりなんか付き合わせちゃってごめんな。カナ姉ぇも忙しいのに」
「アタシは大丈夫。それよりも早く彼女ちゃんに買っていった方がいいんじゃないの?」
え? どういうこと? かな姉さん? まさか総悟のいとこの?
雰囲気も全然変わってわからなかった。
「そうだな。早く卒業祝いに買ってやらないと。バイトして貯めた金で広い部屋も借りれたし、会うのも楽しみだな」
え? これから家に来るの? 聞いてないけど?
「どうやら戻らないといけないみたいホー」
「え、ちょっと待って! まだ謎が解けてないって!」
「もうわかったホ? あの人は彼のいとこ。電話がかかってこないのは、君と同棲するためにバイトしてて忙しかったんだホー」
それじゃあ今まで心配してたのって全部杞憂?
「それじゃ帰るホー」
「待って待って!」
その声はフクロウには届かず、私は高いところから床に突き落とされていった……。
□■
痛みのある頭をさすって起きると、そこは自分の部屋だった。今までのが全部夢だった、と気づくのはすぐだった。
インターホンが鳴ってドアを開ける音が聞こえる。
「奈津美! いるか?」
声の主は総悟だろう。私は寝起きの体をゆっくりと動かすと、玄関に向かった。
「奈津美! 卒業おめでとう!」
そういって彼は私にプレゼントの包みを渡してきた。中身は空けなくとも知っている。だって、遠くで見てたもん。
フクロウは縁起物。福を呼び寄せる【福来郎】って言われている。
どうやらその話は本当みたいだ。
だってこんなにうれしい卒業ができるんだから。
習作:彼氏のところまで飛んだフクロウの話 取根林檎 @toruneringo
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