#23

“Rainy Night”




 *




『コレヨリ、休戦時間ガ始マリマス。五、四、三、二、一、零』


 無機質な声が空から響き、ぽつぽつと灰色に染まった世界に雨が降り始めた。休戦時間――この世界の夜が始まる。中天の陽は雨によりまだらに塗り潰され、やがては黒く染まりきった。




『本日マデノ、『マレブランケ』状況報告。


 第一席、『マラコーダ』……生存。

 第二席、『アリキーノ』……生存。

 第三席、『スカルミリオーネ』……生存。

 第四席、『カルカブリーナ』……消失。

 第五席、『カナッツオ』……消失。

 第六席、『バルバリッチャ』……消失。

 第七席、『リビコッコ』……消失。

 第八席、『ドラギニャッツオ』……生存。

 第九席、『チリアット』……消失。

 第十席、『グラフィアカーネ』……消失。

 第十一席、『ファルファレルロ』……生存。

 第十二席、『ルビカンテ』……消失。


 残リ、五。皆様方、良イ休息ヲ――――』




 地獄を見聞けんぶんし、 うたい記した詩人に曰く。それは、とある悪魔たちの総称だ。地獄の下層、第八圏、悪の嚢マレボルジェに住まうとされる、十二匹の悪魔。

 ――――『悪の爪マレブランケ』。


 この世界の彼らは神々が持つゲームの駒。互いを貪り食い、殺し合う。この地獄に相応しい、蟲毒の壺の中の悪魔たち。


 機械的な声は虚空に消え、雨が降りしきる。命を溶かすもの。水ではない、別のなにか。灰色の世界を黒が染め上げる。光の届かぬ、暗黒の宇宙のような……汚泥よりなお濃い、漆黒の雨。



 *




 雨音が聞こえる。ハカナの休む場所から離れた別の病室。その中で蝋燭の灯りに照らされた、二つの影が揺らめく。


「クソッ、今日だけで三つも脱落したっていうのか? しかも、ルビカンテだって? 一体、どうなってやがる……」


 セレンは憔悴しきった様子で答えの出ない問いを口にする。どうやら先程の放送の内容は彼らにとって予想だにしてないものだったようだ。


「……あいつは駄目だ。役に立たねえ。明日は結局、ファルファレルロの連中と、俺たち四人でやるしかない……」


 そして、セレンは彼らしからぬ、すがるような目でシンゴを見た。シンゴは答えない。彼はただ静かに目を伏せている。悲痛な声でセレンは声を荒げた。


「何で、当事者のお前がそんなに冷静で居られるんだ……!? マレブランケ第一席、『マラコーダ』の攻略。失敗は出来ない。もし、失敗すれば……」


 ごくりと唾を呑み、彼は喉の奥に詰まった言葉を吐き出した。


  ……シンゴ。お前は明日の夜、死ぬことになる――――




 *




 ――――時を同じくして、ハカナとアウトサイダーたちがいる病院から離れて、箱庭の内の何処か。木々が幾重にも重なりあい、外の雨も入り込む余地もない。むせ返るほどの深緑の臭いが充満した、陰鬱とした暗い森の中。


「――――なんなの、なんなのよ、あれは! 私はあんなの知らない! 知らないわ!」


 甲高い少女の声が響く。本来は無邪気なものであろうその声色は焦燥に満ちていた。その傍らには二つの影。


「そうは言ってもなぁ、お嬢? お嬢が知らないことを俺たちが知るわけないというか……」


 物臭そうな少年の声。やれやれと、少女を宥めようとするが。


「……そうよ! 二人で調べて来なさい!」

「調べろって……。俺と、姐さんで? なんの情報もないのに? 冗談でしょ?」

「文句言わない! ……この世界が壊れてしまう可能性だってあるのよ。あんな存在、居ちゃダメなの」


 少女の懇願に、少年の影はもう一人の影へ声をかける。


「お嬢はこう言ってるけど、どうする? 姐さん?」

「愚問。彼女が望んでいる。ならば、そうするまで」

「あー、うん。訊いた俺が馬鹿だったわ」


 少年の質問に対して、もう一つの影は微動だせず答える。肩を竦めた後、少年は口の端を吊り上げてハッと笑った。


「ま、お嬢の願いなら、仕方ねぇわな」


 深く、暗い、森の中。人ではない命の満ちた場所で、死の臭いが混ざり込む。まるで、命を吸い上げ続けた迷宮のような――――




 - 1st day end.

 To Be Continued... Next day - 2nd day - 豊穣命宮

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さな箱庭の壊れた世界 Ratte @ratteremit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ