#11
“He Is Not A Hero”
*
……ハカナの混乱を余所に始まった、シンゴと少女の戦い。
シンゴは戦う為の武器を持っていたが、相手はそれを物ともしない化け物だった。それも見たことは勿論、今までに物語の中でさえ読んだこともないような、おぞましい、異形の怪物。
ヒュンッと風切り音。ハカナの頬を何かが掠め、ツゥーっと血が垂れ始めた。それが少女の腕に弾かれた跳弾だと、彼は気づく由もない。遅れてくる痛み。
その痛みに、放心していたハカナの意識は殴りつけられたように取り戻された。
――ーー刀?
――ーー女の子が、化け物に!?
――ーー銃声!?
――ーーなんだこれ、なんだこれ、なんだこれッ!!
感情が一斉に溢れ出る。ドクン、ドクンと全身に巡る心臓の鼓動をハカナは感じた。
(……酷く、息苦しい)
ついさっき、衝撃的なことが起こったと思う。今は一切何も思い出したくないし、考えたくもない。だが、目の前の光景が、逃れられない現実が、逃避をしたがる思考に絡み付き、離そうとしてくれない。
へたり込んでいるのは地面のはずなのに、まるで水の中に居るかのように溺れている感覚。もがいたとしても、その息苦しさがなくなるはずもなく。
(……滅んだ世界で人間と化け物が戦っているだなんて、まるでSF映画のテンプレートみたいじゃないか)
これは確かな現実だ。
「ぐっ……」
少女と相対するシンゴの口から、苦悶の呻きが漏れる。最初は互角に見えた戦いも、彼の持つ武器は既に壊され、代わりに取った銃の弾は切れ、とうとう、少女だった怪物に追い詰められて。そして今、シンゴは絶体絶命の窮地に立たされていた。
(彼が死んだら次はきっと僕の番だ。違う。本当は次ではなく僕が先に死ぬはずだった。
あの人は僕を助けるために戦っていて。
だけど、僕は……)
『――ーーお前には、生きる意志があるか?』
唐突に投げかけられた言葉。それがハカナの頭から離れない。そんなこと、考えたこともない。
だが、彼の胸の内で何かが疼く。心臓を強く握られたかのような感覚。正義感だとか、義務感とか、助けて貰った恩義でもない。勇気、なんて高尚なものとは真逆のものだ。
名状しがたい焦燥感。ハカナの額から汗が滴り落ちた。これは、自身から沸き立つ『恐怖』だ。
こうしなければならないという、自身を守ろうとする本能。
理屈ではない、そうしなければならないという予感。
だからきっと、これはただの利己的な思いで。
ーーーー荒い、呼吸が聞こえる。自分のモノだ。
だが。だけれど。だからこそ。
自身の混乱が、まるで他人事のように体が動いた。気付いたときには、ハカナは瓦礫の中にあった長い棒状のものを掴んでいた。持ち上げた時、何かが引っかかっていた気がするが、気にしてはいられない。
長く、ずしりと重い。彼の手先はガタガタと震えていたが、滑りにくい素材で出来ているのだろうか、重さで手を滑らせてしまうことはなかった。
それを持って、震えながらも、化け物に向かって。
……叫んだ。
*
「あああああああぁ!!!」
ハカナは手に持った巨大な棒を少女だったモノへ、力の限りに叩きつける。必死に、ただ
何度も、何度も、何度も。
重量のある棒を力任せに叩き付ける。その間もずっと叫びながら。
しかし……やはり、というべきか。
彼はただの高校生で、当たり前の少年だ。未熟な子供に過ぎない。『恐怖』に飲まれて、逃げるように怪物に立ち向かっただけのただの
当然と言えば当然の帰結。
彼の見上げた先にある蝙蝠の様な顔の端が歪む。……笑っている。嬉しそうに。
「お兄さん……やっぱりいい人ですねっ」
蓄音機で再生されたような声がハカナの耳に届く。まるで歌っているようでいて、嫌なほどに上機嫌なのがよくわかる。
「ヒッ…………」
瞬間、ハカナの手が止まり、叩き付けていたモノが地面に滑り落ちた。氷のような、質の変わった『恐怖』が彼の体へ、心へ、魂へと駆け巡る。
ずんぐりとしたヒキガエルのような機械となった少女は、その体毛でハカナを優しく、大切なもののように包み込んだ。次には体毛から腕へ、流れるように渡されていく。武器を失い、恐怖に身をすくめるだけのハカナには為す術などあるはずがない。
「や……やめ……」
渡されていく瞬間、何をされるのかと彼は身を強張らせた。何も起きない。しかし、何も起きなかっただけで、この先に何も起こらないはずがない。
むしろ何もされなかった事により更に恐怖が増し、それがハカナの全身を侵す。
怪物はゆっくりと、大事なものが壊れないように腕を伸ばして、ハカナを顔の前まで持ち上げて行き、
「あーんっ」
大好きなお菓子を頬ばろうとするような、そんな仕草だけは可憐な少女。……だからこそ、その化け物の姿は何よりもおぞましく、狂って見えた。
眼前にまで供物を釣り上げたその瞬間、蝙蝠のような顔が横に割れる。
暗闇だ。
「あ……あ……」
暗闇の中でせわしない蟲が這うように、機械が蠢いている。炎天下の中にある大石を転がして、その裏側を目撃してしまったような生理的嫌悪感。それが奈落へ落ちたものをすり潰して、咀嚼して、味わうだろう。
自分の身がこの先どうなるか、想像を掻き立てずには居られなくなるような、おぞましい暗闇。
「あぁ……やっぱり! あなた、良い匂い。とても素敵、素敵だわ! 私、あなたに夢中なの! ――これからはあなたもずっと、ずーっと、一緒ね? 彼もあなたもみんなも。みんなみンなミンナ! ウフフ、素敵、アハハ、素敵……すてきステキすてきステキステキ……!」
壊れた蓄音機の声音が響いてくる。
――ーーいやだ!
――ーーやめろ!
そんな言葉も、もう出てこない。
ゆっくりと暗闇が迫ってくる。
――ーーなんで僕はあの時、逃げなかったんだろう? そんな後悔すら湧いてこない。
迫る。
近い。
更に迫る。
もう鼻の先。
「ごめんなさい、やっぱり少しずつだなんて我慢出来ないみたいでーーーー」
死が、終わりが、恐怖が。
「ーーーーイタダキマス」
安らかな眠りにはほど遠い、抗いようもない理不尽。目に見えてしまう、決して覆らない運命。
だけれど、それでもなお……
自らの
「死にたく、ない……」
ハカナの口から搾るような声が零れ落ちた。怪物が応える訳もない、あまりにも非力な声。
だが、その声に応える者が居た。
「それは、
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