#12

“Wild Lamplight”




「ーーーー俺たちの選択は、無駄ではなかった」


 低い声が耳に届くと同時にハカナの身体が浮遊感に包まれた。世界が逆さまに傾く。


「……え?」


 上とも下とも分からない。重力のままに体が落ちていく。そして、ハカナの体は砂埃を撒き散らして地面と激突した。


「がッ……なッ――!?」


イタイイイイイイイイイイイイィ!!!」


 何が起こったのか、とハカナの思考が事態に追いつくより先に、ハウリング混じりの絶叫が戦場に響き渡る。地面に打ち付けられた衝撃で顔をしかめながらも、彼は真上を見上げた。


「えっ……!?」


 信じられないという風にハカナは驚嘆の声を上げる。見ると、機械の腕が見事に切断されていたのだ。続けて彼は先程の声の主を見る。

 いつの間にか、シンゴは絡みつかれていたはずの体毛から逃れて、怪物との間合いを計っていた。その姿を見て、同時にハカナは目を見張った。


「な……んだ……あれ……!?」


 シンゴの手には一振りの凶暴な鋼が握られていた。それの姿形は確かに、日本刀だ。

 しかし…………


 …………それは、刀と呼ぶには余りにも無骨だった。

 ただ分厚く、ただ長く、ただ重い。芸術品にほんとうと呼ばれるものにはほど遠い大雑把さ。それはまさしく刃を持っただけの玉鋼たまはがねの塊。その刃文はもんは火の粉散らし、闇夜を照らす灯火に似ていて。

 長身のシンゴが携えていても、刀身だけで長さが彼を超えている。

 野太刀と分類される、規格外。


「あっ……」


 ハカナはそれが自身が化け物に叩き付けていた棒だと気付く。無我夢中でそれが何なのかわからなかった。

 それが棒の外側――鞘から引き抜かれて、本来の凶暴な刃鋼ハガネを曝している。


「痛い、イタイ、イタイノオオオオオオオォ!!!」


 怪物は痛みに身をよじらせ、勢いのままに残っている腕をシンゴに向けて振るった。


「…………ッ!」


 怪物の勢いだけの攻撃は、シンゴの手に持つ野太刀で巧みに受け流される。機械の腕を何度も受けようとも、その刃は零れる気配はない。依然として鈍色の輝きを放っていた。

 シンゴの口の端が自然と吊り上がる。手に持つ刃に負けないほどの凶相だ。


「なるほど。……こいつは、悪くない……!」


 化け物が次の行動に移りきる前にシンゴはその刃を滑らせるように横に薙ぐ。

 化け物は片腕でその刃を受けた。


「アアアァ!!」


 先ほどまでは傷が付く程度だった鉄の塊が明らかなほどに削れる。


「――――ッ!!!」


 斬撃の合間を作らないよう、シンゴは連続してその腕を削り続けた。

 不意打ちで腕を奪えたが、野太刀では唐竹は隙が大き過ぎる。『直観』によりシンゴは横薙ぎを繰り返して、相手に仕切り直す隙など与えない。

 ハカナはその重量に振り回されていたが、シンゴは技量十分とばかりにその巨大な武器を操り続けた。

 ただでさえ鋭い眼光はより狂暴に。その姿は獣の如き悪鬼そのもの。


「ア……イヤアアァ!!」


 身を削られ続けても変わらず、怪物は足掻くように腕を振り続ける。まるで子供の駄々のように、ただ暴れているだけだった。

 傍目からは一方的に押しているように見える光景だ。このまま押し切ると思えた。




「ッ……!」


 が、何度も打ち合い続ける中、唐突にシンゴの顔色が悪くなった。


「アアアアッ!!」


 そんな様子に構うことなく、糸が絡んだ操り人形のように怪物は暴れ続け、そして腕を高く振り上げた。


「潰す気か……!」


 シンゴは振り落とされた腕を刃で受ける。過剰なまでに鍛え上げられた強靱な刃は折れることはない。だが……


「くッ……!」


 シンゴの表情が更に苦悶に歪む。力が抜けたように膝がガクッと崩れた。足元を見ると血が止めどなく溢れ、渇いた地面を湿らせている。

 そんな彼の状態など化け物には関係ない。むしろ、これ幸いとばかりに押し潰そうと再度、腕を振り上げようとした瞬間。

 


「――――――――ッ!!」


 刹那、ハカナが何事か言葉にならない言葉を叫び、唐突に化け物がいる反対方向へと逃げるように走り出した。

 ように、ではなく。

 逃げ出した。


「なっ……!?」


 同時に怪物の動きがピタリと止まる。振り上げようとされた腕は、まるで再生機の停止ボタンを押され、止まることを余儀なくされた様になっていた。

 一呼吸置いて、再生が始まる。ギギギと音を立てながら、怪物は逃げたハカナの方に蝙蝠頭を向けた。


「イアアアアアアアァ――――!!」


 怪物は叫んだ。それまでとは違う声音。相対していたはずのシンゴも既に眼中には無い。あまりの唐突な様子の変化に、彼は虚を突かれた。


 間もなく、彼女だったものは勢いよくその巨体を捻らせて、脇目も振らずにハカナを追いかけ始めたのだった。

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