#10

“Eager Eyes”




 *




 戦場より数百メートル離れた瓦礫の丘に二つの影。セレンとラタネだ。

 セレンは自身の身長の三分の二ほどありそうな長さの半自動小銃セミオートライフルを伏せて構えている。その銃口からは硝煙が未だ立ち上っていた。

 砂避けのゴーグル越しに、照準器アイアンサイトとシンゴと機械の怪物と化した少女がセレンの目に映っている。彼はシンゴを襲おうとする少女の腕に狙いを定め、引き金を絞った。

 銃声とともに肩に当てている銃床から伝わる反動リコイル

 命中ヒット

 セレンの撃ったライフル弾の衝撃に少女の機械の腕が跳ね上がった。


「フンッ」


 事も無げな風にセレンは鼻を鳴らす。少女の鉄腕がシンゴの『直観』を抜ける度に、その身へ届く事が無いよう援護をする。それが彼の仕事だ。

 砂塵が視界を遮り、風の吹き抜ける音が銃声を拡散させる。音は聞こえど、こちらの居場所は向こうからはわからないはずだ。

 適材適所。それは分かっている。が、セレンはひどくもどかしく感じていた。

 不満を抑えつつも、彼は援護の合間に少女の体を狙おうとする。


「チッ」


 しかし、機械の腕がまるでこちらに気付いているかのように邪魔をする。シンゴも同様に、攻めあぐねているようだ。


「ラタネェッ! 空になったマガジンに弾入れろッ! 急げよッ!」

「あ、アパームッ! アパームッ!」

「何だ、そりゃッ!?」

「セレンくん、知らないんすか!? 弾薬運ぶ人は皆こう言うんすよ! ……でも意味はアタシも知らないッす。マガジン、ヘイオマチィ!」


 多分、色々間違っている。


「サンキュー……なッ」

「痛ァ!! えへへ……どういたしまして」


 ツッコみ代わりのデコピンされた額を押さえながらラタネは何故か嬉しそうに笑う。

 砂の混ざった風のせいで戦場までの視界は酷く悪い。そんな中で、セレンはまるでその先が見えているかのように、迷いなく引き金を絞る。

 再び、遠くにいる少女の腕が跳ねた。


「しっかし、セレンくんのコナトゥスは相変わらず、すごいッすねー。『視認』、ですっけ? アタシには向こうの様子が全く見えないッすよー」

「テメーはド近眼だろうが。……ま、これのお陰で砂風の影響あっても遠くが見えるからな。でも万能ってワケじゃねーぞ。狙いが『視』えたとしても、こいつの弾が当たるかはオレの腕次第ってやつ……だッ!」


 と、言葉合間にセレンは引き金を絞る。一瞬だけ苦い顔をしてもすぐさま次を撃つ。それを繰り返し続ける。彼の扱う半自動小銃セミオートライフルの利点は狙撃を一度外したとしてもセカンドチャンス、リカバリーが早いことだ。


「……当たるかは七割ってところだな。……『コナトゥス』に関しちゃ、オレよかはテメーの方がすげえよ」

「アタシのは使わないに越したことないッすけどねー」


 セレンのぼやきに、アハハと空になったマガジンに弾を込めながら渇いた笑い声でラタネは答える。


「クソッ。何してやがるんだあいつは……。大した怪我もしてねえってのに……」


 そんなやり取りをしつつも、セレンは照準器の端に見える目的の少年に対して、独り苛立ちぼやくのだった。




 *




「ダメです、ダメですよぉッ!!」


 熱っぽい声と共に少女の小さな口から涎が滴り続ける。シンゴの刀の背による打撃も、セレンの狙撃にも堪えている様子はない。どちらも鉄板の表面に傷を入れるか、精々凹ませる程度だ。どれも決め手に欠けている。このままではジリ貧になるばかりだろう。


(……撤退か?)


 物理的なダメージのみではこいつを殺しきれない。望みがあるとしたらそれは同じ神仔の『神性』だ。だが、レキナの『神性』はまだ使うべき時ではない。

 シンゴたちの目的は、従うべき神仔を失った兵隊……部外者アウトサイダーの回収であって、彼女を倒すことではない。暴走した神仔の存在は確かに脅威ではあるが、それは他の連中マレブランケにとっても同じ事だ。自分たちが倒す必要性は、正直言って薄い。しかし、同時に彼女を楽にしてやりたいと思う気持ちもあった。


 そこまでシンゴが考えたところで、少女の様子が更に変化する。


「私、ワタシ、お腹が空いてスイテ……おかしクなっちゃイますよぉ」


 少女の声にノイズのような音が混じり始める。機械の両腕は思案するシンゴを執拗に攻め立てた。

 彼は『直観』の赴くままに再度、彼女の攻撃を、受けようとした、が……


「くっ……!」


 ガキンッと鈍い音を立て、とうとう刀が折れてしまった。


「……ちぃッ!」


 間髪入れずに刀から手を離し、シンゴは腰に差していたものを引き抜く。半自動散弾銃セミオートショットガンだ。機械の化け物はさっきまで手に持っていた刀の残骸に喰らい付いている。

 彼は後ろに飛び退くと同時に引き金を引いた。機械の両腕が後ろにはじかれる。

 少女は「あらあらあら?」と一瞬だけ不思議な顔をしたが、すぐさま両腕を伸ばしてきた。


「時間稼ぎにもならないかッ……!」


 シンゴは再び少女から距離を取ろうとしてーー――


「何ッ!?」


 ーー――それは叶わず、足が地面に張り付いたように動かない。

 見るとシンゴの足には触手のような、機械で出来た紐のようなものが絡みついていた。愛おしむように何重にも巻かれたそれはあまりにもおぞましい。

 そして、シンゴが足元から少女へと視線を戻した。


「――――ッ!」


 その時、少女は既に人間の形を保っていなかった。


 ……冒涜的でおぞましい鉄の継ぎ接ぎモザイク。巨大なヒキガエルのような体躯。頭は例えるなら蝙蝠のようでいて、いくつもの細い鉄のコードが体毛のように生えている。そして、その一本一本がそれぞれが単独の生き物であるかの如く、揺らめき蠢いている。その様相は見る者の心に拭いきれぬ生理的嫌悪を掻き立てた。

 その体毛の一部を伸ばし、音もなくシンゴの足に絡みついていたのだ。


「肉……肉、ニク……ニクゥゥゥゥ」


 蓄音機で再生されたような声で少女だったものは吠えた。口を持った腕がシンゴに迫る。セレンの援護射撃が腕を押しのけようとするが、動きを多少遅くするだけだった。

 シンゴが足掻けば足掻くほど体毛は深く、絡み付く。

 ……決して侮っていた訳ではない。

 ただ、相手が想像以上の怪物だっただけだ。


「ぐっ……!」


 万事休す、シンゴがそう思いかけた時。




「ああああああああぁッ!!!!!」




 我武者羅ガムシャラな叫び声が戦場に響き渡った。

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