#9


“Only Who Is Left”




 *




 ――――そして現在。


 鉄と鉄のぶつかり合う音が、戦場となった廃墟に響き渡る。

 一合、二合、三合。

 何度もシンゴは手に持つ日本刀で少女の機械の腕を弾き、その度に刃が削れていく。彼女の腕は獲物を上手く捕食出来ないことに苛立つように、うねりを上げていた。


「硬いか。……くッ!」


 少女の腕が振り下ろされる。


「はぁッ!!」


 同時にシンゴは己のコナトゥス、『直観』のままに手に持つ刀を逆刃にし、渾身の力で襲いかかる少女の腕を冷静に弾き返す。これでもうしばらくは刀も保つはずだ。

 見た目と比べ、振るわれる鉄の塊で出来ているはずの腕は随分と軽い。それでも絶え間なく咀嚼を繰り返す、あぎとが脅威なことには変わらない。たった一度でも巻き込まれたりすれば、人間など一溜まりもないことが見て取れた。


 シンゴは背の後ろにいる少年を気配で感じる。

 動く気配はない。歳は……セレンたちと同じぐらいだったか。見たことのない顔だった。少し疑問に思ったが今はそれに割く余裕はないと『直観』した。

 シンゴは続けて相対する少女を見る。彼女の目は獲物を前にした獣そのものだ。端正な顔立ちだったのだろうが、今は見る影もない。


 (状況は、最悪の一歩手前といったところか)


 この少年がどちらの連中の生き残りかはわからない。が、誰もいないよりはマシだ。ハカナの事情を知る由もないシンゴは剣戟を交わしつつ、そう思考を走らせた。


「……お兄さん、なんで、なんで私の邪魔するんですか?」


 シンゴの思考を遮るかのように、虚ろな目で少女は語りかける。


「…………」

「私は後ろのお兄さんをちょっと、ほんのちょっと食べたいだけなんですよ。私は、お腹が空いて、空いて仕方ないんです。邪魔しないでくださいよぉ」

「……それがお前の『侵食』か」


 語りながらも容赦なく襲い来る腕をシンゴはなんとか防ぎながら、狂気に染まった神仔の少女が自らの侵食によって食い潰されたことを理解する。


 この神仔の神性は肉体の『人食い機械化』、侵食は少女の言葉通りなら、おそらくは『饑餓きが』といったところか。

 人を喰らう神性ちからと、その神性を奮う為に餓える侵食デメリット

 何とも趣味の悪い組み合わせだ、とシンゴは舌打ちした。


「……他の連中は、どうした?」

「他の……?」


 少女は可愛らしく首を傾げる。機械の右腕さえなければもっと可愛らしいだろう。

 うーん、うーんと、半分うつつとなった表情で考えているようには見える。


「お前の、敵だったり、仲間だったやつらだ。確か、お前の所の兵隊に、耳の良いやつが居ただろう?」


 その言葉に少女の口元が歪に吊り上がる。おそらくは笑顔を作っているつもりなのだろう。しかし、目は笑っておらず、虚ろなままで余計に不気味に思えた。


「あぁ! お兄さんは、彼のお知り合いでしたか! それを早く言って下さいよぉ」

「そうだ。そいつは何処に行った?」

「……? お兄さん、何を言ってるんですか?」


 少女は本当に不思議そうに言った。


「みんな、いるじゃないですか。戦ってた人たちも私の大好きな彼も、大切な仲間たちも。

 みんな、ここ・・に仲良く、本当に仲良くなって、一緒にいますよぉ。アハ、アハハ、アハハハハハッ!!」

「……そうか」


 ……この少女はもう、手遅れだ。

 話を聞いていれば、こっちまで正気まともでいられなくなるだろう。この地獄に正気そんなものがあればの話だが。

 そんな風に感じながら、シンゴの脳裏にある疑問が浮かんだ。


(みんな……? じゃあ、後ろのヤツは一体……?)


 シンゴの疑問を遮るように、少女は涎を垂らしながら言葉を続ける。


「ダメですよぉ。私、もう! もうもうもう! 我慢できなくなってきました……。お腹が空いて、空いて……。あなたは、おいしいと、いいなぁ」

「……なッ」


 意識を僅かに逸らしたせいか、反対から襲いかかるもう一つの影にシンゴは気付かず、反応が遅れてしまう。いつの間にか少女の両腕が機械のものとなっていたのだ。

 少女の姿がより禍々しく、狂気染みた存在に変化していく。

 シンゴの『直観』をすり抜けた鉄の塊が、彼にその暴力を振るおうとして――――


「……あれ? あれあれ?」


 ――――何かが、少女の腕を弾き飛ばした。


 どこか、遠く。

 少し遅れて、銃声が戦場に響く。

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