#6

“Sixteen Going On Seventeen”


 *




「お兄さん、大丈夫ですか?」

「あぁ……うん。人がちゃんと居て、安心しちゃって……」

「ふふっ。どうぞ」


 少女は咲き誇る花のように笑い、ハカナに手を差し伸べる。彼はその手を取り、立ち上がった。小さくて華奢な手だ。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 くすくすと少女は笑った。その表情は回りの廃墟が霞むほど、やけにまぶしく感じた。


「お兄さん、お一人ですか?」

「あっ……、うん。一人で……! もう、なにがなんだかわからなくて!」


 ハカナは今までの不安の反動か早口で捲し立てる。少女は興味深そうに彼の言葉を聞き続けた。


「……ってごめん! 僕ばかり喋って」

「いえいえ」


 少女は変わらず愛想の良い笑顔を浮かべていた。多少の余裕を取り戻せたハカナは慌てて話を変える。


「……君は、この辺りに住んでいる人?」

「ええ、そうですね。この先に私たちの家があるのです」


 そう言って少女は廃墟の先を指差した。……ハカナには廃墟の区別なんて付くはずもないが。


「……私たちってことは何人かで暮らしてるんだ?」

「ええ、家族たちと一緒に過ごしてます。随分とお疲れの様子ですし、よろしければいらっしゃいませんか? 大したものはご用意出来ませんが……」

「本当?! ああ、良かった……ありがとう。本当に、何が何だか分からなくて……」


 孤独から解放された反動からか、堰を切ったかのように言葉がハカナの口を衝く。

 少女はそんな彼の様子に頷き、優しく答えた。


「本当、あなたは不思議な人ですね……どうぞ、こちらですよ」




 *




 それからは少女と二人、連れだって廃墟を歩く。歩を進めながら、ハカナは傍らで歩く少女をちらちらと盗み見る。

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、少女は踊るように歩いている。何処かで聴いたことのある曲だ。なんだったっけなぁ。そうだ、確か昔観た映画の曲だ。……タイトルは忘れてしまったけれど。

 時折、くるくると回ったりして非常にご機嫌なようだ。非常に可愛らしい。あれほど閉塞感しか感じなかったこの廃墟だったが、少女と一緒だと何だか楽しいピクニックになったみたいだとハカナも徐々に心を躍らせていった。


「ーーーーお兄さんは運が良いですね。今日は丁度、私の誕生日なんですよ」

「そうなんだ。歳は近そうだけど、いくつになるの?」

「それは……あっ」


 上機嫌に回っていた少女は何かに躓いたのか、体のバランスを大きく崩してしまう。

 反射的に手を伸ばした。


「わっと……」


 間一髪、ハカナは手を掴むことが出来た。少女が転んで怪我をするような事態にはならなかったようだ。彼はホッと胸を撫で下ろす。


「おおっと。ありがとうございます……! お兄さん!」

「ど、どういたしまして……」


 どもるハカナの手を離し、少女はぺこりとお辞儀をした。心なしか彼女の顔が紅く見える。

 ドクンッと彼は自分の心臓が高鳴る気がした。


(いやいや、まてまて。落ち着け、落ち着け……! 気のせいだ、気のせい)


 そんな言葉を自分に言い聞かせ、努めて平静を装いながら歩みを進め続ける。


「……お兄さんは、良い匂いですねっ」


 ハカナの内心に構わず、少女は彼の目と鼻の先まで近づいて幸せそうに笑う。


「えっ……そうかな? 汗臭くない?」

 (近い……! 近い!)

「いいえ、いいえっ! とっても良い匂いですよ。すっごく!」

「そんな力説されると、かえって申し訳ないんだけど……」

(……気を遣われているのかなぁ)


 でも、良い匂いだなんて言われたことがなかった。それもこんな可愛い女の子にだ。日差しの熱とは別に顔が熱くなってしまう。そんな緩みそうになる表情を必死に堪えている彼に、少女は尚も言葉を続ける。


「あぁ、そうだわ!」


 少女はすごく良い事を思い付いた、とでも言わんばかりにとびきりの笑顔になった。


「私、お兄さんの事が気に入っちゃいました! 気に入っちゃったので是非、一緒に暮らしましょう? 皆もきっとお兄さんのことを気に入ってくれます!」


 気に入った、と言う言葉に胸が再び高鳴ってしまう。


「皆……君が言うなら、きっといい人たちばかりなんだろうね」


 必死にそれが顔に出ないように表情を押さえつける。ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。


「はい! 特に『彼』なんて、すごく私に優しくて……もし、反対する人がいても彼と私が何とかします! 大丈夫です!」

「そっか……それは……ありがたいね……」


 ハカナのそれまでの高鳴りが一気に冷めた。


(彼……うん。やっぱり、こんな可愛い子だと居るよなぁ……って。初対面の女の子に何を期待してるんだ、僕は。普通の事じゃん。うん、そうだ。全然、普通。……普通だって!)


「ところでーーーー」


 ハカナは気持ちを切り替えるように、ぶっちゃけて言えば、自分の勘違いの恥ずかしさを打ち消すために話を変えようとしたところで、そこで前方に人影を見てとった。

 隣の少女に聞いてみる。


「ーーーーあそこにいる人が、君の家族?」


 人影は奇妙な格好をしていた。素顔を覆うフードに体を全て包む外套。まるで自分の姿を誰にも見られたくないと言わんばかりの服装だ。

 廃墟の入り口でその人物はこちらの方を見ていた。暑くないんだろうかとハカナが首を傾げた所で少女は口を小さく開いた。


「……あぁ、よかった。我慢、出来なくなっちゃうところでした」


 ……少女の声音が変わる。可憐なものから、艶っぽい、熱を帯びた声に。


「……え?」


 ハカナが何が? と訊こうとした、次の瞬間。

 入り口に立っていた人影が忽然と消えた・・・

 遅れて彼の頬を風が撫でる。その風は隣にいる少女から吹いていた。

 ゆっくりと、目線だけ動かして彼は少女を見た。


「ぇっ……」


 そこにあった予期せぬ光景にハカナは目を見開く。

 隣の少女の右腕。それが肥大化して、先ほどの人物を掴んでいる。

 否、喰らっていた。


 鉄の板を、塊を、螺子を、発条を、パイプを、混ぜて、混ぜて混ぜて混ぜて混ぜてーーーー

 ーーーー不条理で、不合理な鉄の塊で出来たモノに少女の右腕は変貌していた。


「ひっ……」


 しゃっくりのような短い悲鳴がハカナの口から漏れた。


「あぁ……すみません、脅かせてしまいましたか?」


 少女は先程と変わらない表情でニコニコと笑っている。


「ごめんなさい。はしたないですよね。でも……どうしても、我慢出来なくなっちゃって……」


 少女は申し訳なさそうに頬を染める。


「ごめんなさい、ごめんなさい。ちょっと、待っててくださいね?」


 茫然自失となったハカナに構わず少女は言葉を続ける。


 (この子は、一体、何を言っているんだ……?)


「それではーーーー」


 ――――いただきます。


 彼女の言葉と同時に、人影だったものは潰れた。

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