#5
“The Boy Met The Girl”
*
「おーい、誰かいませんか-!」
ハカナの声が廃墟の中で響く。
しかし、待てども一向に返事は帰って来ない。彼の呼びかけだけが空しく廃墟に木霊した。
「おーい……。ぉーぃ……。はぁ、ずっとこんな調子だ……」
歩き始めてからどれほど経ったのだろうか。多分、彼が体感しているよりはずっと時間は経っていないのだろう。
進めども進めども廃墟は続く。
マンションだったり、一軒家だったり。原形はまちまちだったが、廃墟はどう足掻いても廃墟だ。日本語が書かれている看板を見付けて、ここは日本なのだろうということは分かった。
しかし、それ以上に汲み取れる情報は全く増えていかない。その事が余計に体感時間を狂わせていく。
荒れ果てた廃墟のいかにもな雰囲気に飲まれて、ゲームや漫画でみるような怪物が現れるかもしれない、そんな妄想が我知らず付いて回る。そんな
「………………ふぅ」
ハカナは額に滲む汗を拭い、さんさんと輝く太陽を恨ましく仰ぎ見る。真上からの陽光は時折吹く砂風に遮られるとはいえ、非常に厳しい。彼の体力は容赦なく奪われていく。
「…………ん?」
ハカナは少しばかりの違和感を覚える。が、形にならない。
(何だろう……? 何か、変だ……。うーん……)
違和感の正体を探ろうにも、思考が別のものに邪魔をされ始める。
「…………。それにしても……、喉、渇いた……」
喉の渇きが思考を遮る。都会の真夏のような暑さだ。数時間とはいえ、体内の水分は汗になって奪われるばかり。今は無駄な考え事をしている場合じゃない。それより先にこの渇きをどうにかしなければ、このままじゃ干乾びて死んでしまう……
「やっぱり……ここも出ないか……」
道の途中、まだ原形を留めている一軒家をいくつか回ってはみたが、やはりと言うべきか、備え付けられた蛇口からは一滴の水も出なかった。
……まあ廃墟だから当然と言えば当然なのだが。
「はっ…………はぁっ…………」
ハカナは当ても無く歩を進める。足を進める度に汗が噴き出る。眼鏡に伝って非常に気持ち悪い。
「はっ…………ふぅ…………」
初めのうちは、自分が居た時代は本当にすごかったんだなぁなんて、のんびり考えていた。が、時間が経つにつれてそれは焦燥感に変わっていった。
「ぁ…………み、みずぅ…………」
人って水を飲まずにいつまで生きられるんだっけ? 水と塩だけで一週間、ってのを授業で聞いた覚えがある。
じゃあ、それすらなかったら……?
…………
……………………
実は、水は何度か目撃していた。
正確には水らしきもの、だが。
「み…………み、ず…………」
道を少し逸れ、その在り処へと近付く。
「………………」
まじまじとハカナはソレを凝視する。
それはおそらく、雨による水たまり……らしきものだ。らしきもの、というのはその水たまりが彼の知るどんな色彩よりも鮮やかだったからだ。
例えるならば、これは虹の色だ。
虹の色。虹色ではなく、プリズムのスペクトルのような輝き。油の浮いた雨上がりの水たまり。廃棄液の垂れ流された川。その上澄みだけをかき集めたような奇妙な色の水。
「………………んぐっ」
その色に名状しがたい魅力を感じてしまう。無意識に唾を飲み込んだ。
(……いやいやいや、流石にこれは人間の摂取していい色してないよ? 僕、大丈夫? 歩き過ぎでとうとう頭がおかしくなったかな?)
理性は拒絶している。しかし、何故か身体は飲めるものだと思ってしまう。考えていることとは逆に身体は動く。
「…………」
無言で顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。ドブのような少し不快な匂いがしたが、悪い気はしなかった。
何だか頭がボーッとする。
多分、体が水分を欲しているからだ。そうだ。そうに違いない。
じゃあ、目の前にあるんだから、飲まないと。
抑えがたい誘惑が、彼の体を突き動かす。膝を付き、手を使わずに、犬のように、直接その水たまりに口をつけようとしてーーーー
「ーーーーそれ、飲まない方がいいよ、お兄さん」
「――――ッ!?」
背後からの声にハカナはハッと我に返る。そして、水たまりから飛ぶように離れた。背筋に冷たいものが走る。
(今、僕は何を…………飲もうとしてた? こんな、おかしな水を?)
混乱のただ中、彼は声のした方に振り返った。
そこには長い栗色の髪をした女の子がいた。年齢は同じくらいだろうか、清楚なワンピースに茶色の靴が良く似合っている。にこにこと、とても可愛らしく愛想の良い微笑みを浮かべている。
「こんにちは。初めまして、お兄さん、お一人ですか?」
その少女を見て、ハカナは安堵に胸をなで下ろす。同時に腰が砕けたかのようにその場にへたり込んだ。
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